就職してはダメな葬儀社の特徴




8月も終わりになって、新卒の採用を行っている葬儀社からは
一通り内定が出た頃ではないでしょうか。

葬儀業界って他社の情報が筒抜けです。
料理屋さんとか人材派遣屋さんなど共通の外部業者さんと取引しているせいです。

そこでは採用に関するおもしろい話が流れてきます。
A社は学生のアルバイトに葬儀担当やらしているのに、新卒の採用を行っていない、だとか。
B社は会社説明会の個別相談のときに、正社員がここに来ちゃいけないと小声で懇々とさとすだとか。
うちにはマニュアルが無い!と日頃自慢しているC社は会社説明会で
「採用してもダメなやつはずっとダメなままだ」と採用担当者がのたまったらしいのですが
それはおまえのとこにマニュアルがないからだよ、バカ、だとか。
(あ、最後の一行は私の意見です(^^;))

多分、こんな話が流れてくるということは「ダメだ、ここ」っていうネタだと周囲が判断したから
流出してるんでしょうね。

ま、一番ダメなのは新卒採用ができていないところだと思うのですが。
(こういうこと言うからムダに業界内で敵が増えるわけですが(^^;)) 

就職活動

さて、葬儀業界に就職希望の方へ。

会社説明会や、面接者の質問に対する回答の際、
これまでの話よりこれからの話の方が多かったか?
ということに注意しましょう。

たとえ大手であっても「これまで」の話が多いところはだめですよ。
ちゃんと将来の戦略が語られていないといけません。
これまでの葬儀件数の増加になんとか乗ってきたものの
手詰まりになっている可能性が大です。




5 件のコメント

  • 国内には葬儀に関する専門学校が4校ありますが、何処も「Syllabus」がありません。
    そのために、「誰が何に何を何を使ってどの様に教え、その結果として何がどの様に
    理解され、どの様に評価したのか?」が一切不明です。
    分かり易く言えば、「各校が独自の考えで独自の考えを教え、各自の判断で到達
    した」と考えています。
    これは、国内の葬儀に関する専門学校が「就職のため」であり、学問や学術に
    重きを置かない点が最大の原因です。

    医療資格系の専門学校や大学では、「就職のためではなく、
    国家試験合格のための教育」であり、Syllabusがしっかりしています。
    これは、国で定めた「レベル」に達することで卒業が認められ(国家試験受験資格)、
    国家試験の受験が出来て合格することにより初めて「就職が出来ます」。
    そのために、国家試験合格発表(通常は4月)で不合格の場合は採用が取り消されて、
    職場を「即刻クビ」になります。(採用試験は前年秋、国試合格発表が4月なので)

    国内の葬儀教育においてもSyllabusが存在しない現状で、葬儀社や互助会、JAに
    「新人教育や社内教育の充実を望むのはムリ」な部分はあります。
    そもそも国内は「子弟教育」が中心であり、葬儀業界は「見て覚えろ、盗んで覚えろ」の
    世界であり、「理論や根拠が必要でない分野」でも、これは今でも変わりません。
    葬儀の専門学校では今でも「間違いを多く教えており」(だからSyllabus公表がない)、
    個人的には「間違った教育を受けた者より、一般大卒がマシ」と思っています。
    ただし、新人教育について公表している葬儀社等はありません。(詳しい内容等)
    各病院HPの看護部の「看護教育、新人教育」の項目の様な物は期待できません。
    これは、「国が到達レベル・目標」を定めており、これに到達しなければならない点が
    あります。

  • prof様
    >「就職のため」であり
    実はそれほど有利でもないという・・・

  • 某専門学校葬儀学科の今夏休みの「課題」が笑わせました。

    担当教官が2年生の学生に課した「Internshipモドキ」は、「葬儀社に連絡をして
    面接を受ける事」でした。
    そして、その条件が「全葬連に加盟している葬儀社限定」であり、互助会やJAはダメ。
    この学科で教えている教官は非常勤の「葬儀屋の2代目」(全葬連の地方理事」。
    学校には、「葬儀経験者はゼロで、学科長も素人の観光系」。

    バリバリの全葬連ですので、「互助会は悪だ、JAはズルい」と教えている様です。
    しっかり、「全葬連加盟葬儀社での面接の証拠」を持って帰りました。
    洗脳教育は「白紙状態で早くから」が鉄則ですが、変な色に染まると終世後悔です。

  • 教育との名の下で行われている「押し付け教育」であり、これは教育ではなく
    単なる「個人的な思想や考えの押し付け」です。
    特に無知で判断力のない学生に対して、「間違ったことを擦り込む」ことは
    教育者を名乗る資格も資質も見いだせません。

    しかし、不幸にして「間違った内容が擦り込まれた者達」も現場に出て卒後教育や
    自身の切磋琢磨において「教わって来た教育や内容が間違いだった」と気が付く
    はずなのですが、それすら「気が付かない者ばかり」なので学生側の問題も
    大きくあります。(無謬主義、自称無謬者とそれを信ずる者達⇒依存性と共依存)

    残念ながら、これが日本での「葬儀教育の現状」。

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