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	<title>
	家族葬の失敗例 へのコメント	</title>
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		<title>
		物理教師 より		</title>
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		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 25 Sep 2010 09:13:47 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[prof様、 高見 晴彦様、
コメントの返事が遅くなりまして申し訳ありません。
諸事情で三日ぶりに帰宅してＰＣ見たら、
（勤務時間中はブログにアクセスしないという自分ルールがあるので）
テキストボリュームが随分増えてました(^^;)
ありがとうございます。
エンディングノートについては
一度述べてみたいと思います。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>prof様、 高見 晴彦様、<br />
コメントの返事が遅くなりまして申し訳ありません。<br />
諸事情で三日ぶりに帰宅してＰＣ見たら、<br />
（勤務時間中はブログにアクセスしないという自分ルールがあるので）<br />
テキストボリュームが随分増えてました(^^;)<br />
ありがとうございます。<br />
エンディングノートについては<br />
一度述べてみたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		prof より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-621</link>

		<dc:creator><![CDATA[prof]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Sep 2010 08:08:36 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[文具店ではコクヨ、書店では週刊ダイヤモンド、葬儀社では○○○○、司法や行政事務所では独自の物、ネットでもエンディングノートが数多く公開されており、「元祖と本家の争い的」な状態を静観しています。
また、遺言に関する考えは京都の３兄弟の争い（帆布屋）を見ると、昔の日本人の感覚は通じなくなったと考えています。

本来、遺言などは資産の多いヒトの問題でしたが、葬儀内容を法的拘束を持たせる現状の流行は、確かに残された遺族や葬儀社を信用していないとも受け取れます。
しかし、本来の遺言での葬儀内容の指定は「残された家族の手を煩わせない」ためであったはずですが、目的よりもビジネス部分が拠出してしまいました。
目的が明確でないために、依頼する施主側にもブレが目立ちます。



]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>文具店ではコクヨ、書店では週刊ダイヤモンド、葬儀社では○○○○、司法や行政事務所では独自の物、ネットでもエンディングノートが数多く公開されており、「元祖と本家の争い的」な状態を静観しています。<br />
また、遺言に関する考えは京都の３兄弟の争い（帆布屋）を見ると、昔の日本人の感覚は通じなくなったと考えています。</p>
<p>本来、遺言などは資産の多いヒトの問題でしたが、葬儀内容を法的拘束を持たせる現状の流行は、確かに残された遺族や葬儀社を信用していないとも受け取れます。<br />
しかし、本来の遺言での葬儀内容の指定は「残された家族の手を煩わせない」ためであったはずですが、目的よりもビジネス部分が拠出してしまいました。<br />
目的が明確でないために、依頼する施主側にもブレが目立ちます。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		高見 晴彦 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-620</link>

		<dc:creator><![CDATA[高見 晴彦]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Sep 2010 06:35:38 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[&gt;エンディングノートの名称を使うことは問題が多く、遺言ノートとの総称を使用する様に

　なるほど。しかしそうすると、民法上の遺言と区別するためにも「遺書」という用語にもう一度落ち着く必要があるかもしれませんね。ただ現在の日本人はこの言葉がかなり嫌いですから難しいかもしれませんが。

　日本で自分の葬儀に関する公正証書遺言等の普及が進まない背景には、日本人独特の「遠慮」があるんだとは推察できます。遺族を信用してないようでイヤだ、とか。
　まあそれよりも、手間とお金をかけてまで自分の葬儀について特別の希望を残すほどのこだわりはないという人がほとんどだとは思いますけれど。

　何にせよ、あまり商業化ばかりが目立つのは好ましくないと個人的には思います。本当に日本人の葬送がより豊かになるための模索であればよいのですが…
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>>エンディングノートの名称を使うことは問題が多く、遺言ノートとの総称を使用する様に</p>
<p>　なるほど。しかしそうすると、民法上の遺言と区別するためにも「遺書」という用語にもう一度落ち着く必要があるかもしれませんね。ただ現在の日本人はこの言葉がかなり嫌いですから難しいかもしれませんが。</p>
<p>　日本で自分の葬儀に関する公正証書遺言等の普及が進まない背景には、日本人独特の「遠慮」があるんだとは推察できます。遺族を信用してないようでイヤだ、とか。<br />
　まあそれよりも、手間とお金をかけてまで自分の葬儀について特別の希望を残すほどのこだわりはないという人がほとんどだとは思いますけれど。</p>
<p>　何にせよ、あまり商業化ばかりが目立つのは好ましくないと個人的には思います。本当に日本人の葬送がより豊かになるための模索であればよいのですが…</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		prof より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-619</link>

		<dc:creator><![CDATA[prof]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Sep 2010 03:13:26 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[これらに関するビジネスは、社会問題を（高齢者や独居・核家族の増加等）に伴う「第3の葬儀ビジネス」と分類しています。
また、エンディングノートに関しては、著作権や特許、商標を主張する企業や団体が出てきており、エンディングノートの名称を使うことは問題が多く、遺言ノートとの総称を使用する様にしています。

故人の考えと施主（喪主等）の考えにギャップがあればあるほど、「ビジネス・チャンス」が大きくなります。
そのために、主としてNPO等の団体がビジネスとして
生前の意志を明確にするために、公正証書や遺言の明文化を行わせており、そのために弁護士事務所や司法書士事務所・行政書士事務所と組んで業務を行っています。

台湾では政府が管轄し、葬儀社が生前契約で保障した事項が実行されるかを確認し、生前の意志を確実に実行している葬儀社を認証しています。
これは日本でも大きなビジネスとなっており、葬儀団体や葬儀社がこの分野に参入しないことが不思議でなりません。
葬儀社不審が高まれば高まるほど、この分野は亢進します。
そのために、島田先生をはじめとした今のメディア（一般者向け）は追い風になっています。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>これらに関するビジネスは、社会問題を（高齢者や独居・核家族の増加等）に伴う「第3の葬儀ビジネス」と分類しています。<br />
また、エンディングノートに関しては、著作権や特許、商標を主張する企業や団体が出てきており、エンディングノートの名称を使うことは問題が多く、遺言ノートとの総称を使用する様にしています。</p>
<p>故人の考えと施主（喪主等）の考えにギャップがあればあるほど、「ビジネス・チャンス」が大きくなります。<br />
そのために、主としてNPO等の団体がビジネスとして<br />
生前の意志を明確にするために、公正証書や遺言の明文化を行わせており、そのために弁護士事務所や司法書士事務所・行政書士事務所と組んで業務を行っています。</p>
<p>台湾では政府が管轄し、葬儀社が生前契約で保障した事項が実行されるかを確認し、生前の意志を確実に実行している葬儀社を認証しています。<br />
これは日本でも大きなビジネスとなっており、葬儀団体や葬儀社がこの分野に参入しないことが不思議でなりません。<br />
葬儀社不審が高まれば高まるほど、この分野は亢進します。<br />
そのために、島田先生をはじめとした今のメディア（一般者向け）は追い風になっています。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		高見 晴彦 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-618</link>

		<dc:creator><![CDATA[高見 晴彦]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Sep 2010 06:37:17 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　エンディングノートに書かれる本人の希望と遺族の感情のズレの解消は私もひとつの課題と思っていました。
　そこで先日ある教会から発題に呼ばれた際には、有意義なエンディングノートの書き方として「本人が口述し、喪主予定者が記録する」という方法を提案してみましたが、一般的な日本社会の感覚ではまだ難しい試みかもしれません。
　しかし少なくとも自分の死や葬儀について考えるなら「誰が自分を看取り、葬ってくれるのか」というところから想像することは重要だと思います。
　メディアも「自分の想いを残す」だけでなく、「委ねる相手を想像する」という感覚を養うような報道に努めていただければありがたいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　エンディングノートに書かれる本人の希望と遺族の感情のズレの解消は私もひとつの課題と思っていました。<br />
　そこで先日ある教会から発題に呼ばれた際には、有意義なエンディングノートの書き方として「本人が口述し、喪主予定者が記録する」という方法を提案してみましたが、一般的な日本社会の感覚ではまだ難しい試みかもしれません。<br />
　しかし少なくとも自分の死や葬儀について考えるなら「誰が自分を看取り、葬ってくれるのか」というところから想像することは重要だと思います。<br />
　メディアも「自分の想いを残す」だけでなく、「委ねる相手を想像する」という感覚を養うような報道に努めていただければありがたいですね。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		prof より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-617</link>

		<dc:creator><![CDATA[prof]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Sep 2010 05:30:26 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[上記の考えは、葬儀にも当てはめられると考えています。
本人（故人）が生前からジミ葬（家族葬や直葬）を希望していたが、家族の判断で一般葬を行った場合は、葬儀自体は満足が出来るものであったが、故人の意思を尊重しなかったことでの後悔。

故人の意思を尊重しジミ葬を行ったが、家族（特に喪主）の望む葬儀形態（一般葬）ではなく、後悔が発生する場合。

近年では葬儀に関する公正証書の作成や、遺言ノートがベストセラーであり、死亡者本人の希望と残された家族の希望が大きく異なることが増加しています。
死について考える、語る機会は増加していますが、全ての人達が満足する葬儀（後悔しない葬儀）は非常に難しく、誰のための葬儀なのか、誰が後悔することが問題なのか等を考える必要があります。

確かに死亡したヒトには人権も人格もありませんが（先日の裁判報道でもそう感じた）、死者の尊厳という意味では生前の意志は重要な部分もあります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>上記の考えは、葬儀にも当てはめられると考えています。<br />
本人（故人）が生前からジミ葬（家族葬や直葬）を希望していたが、家族の判断で一般葬を行った場合は、葬儀自体は満足が出来るものであったが、故人の意思を尊重しなかったことでの後悔。</p>
<p>故人の意思を尊重しジミ葬を行ったが、家族（特に喪主）の望む葬儀形態（一般葬）ではなく、後悔が発生する場合。</p>
<p>近年では葬儀に関する公正証書の作成や、遺言ノートがベストセラーであり、死亡者本人の希望と残された家族の希望が大きく異なることが増加しています。<br />
死について考える、語る機会は増加していますが、全ての人達が満足する葬儀（後悔しない葬儀）は非常に難しく、誰のための葬儀なのか、誰が後悔することが問題なのか等を考える必要があります。</p>
<p>確かに死亡したヒトには人権も人格もありませんが（先日の裁判報道でもそう感じた）、死者の尊厳という意味では生前の意志は重要な部分もあります。</p>
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			</item>
		<item>
		<title>
		prof より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-616</link>

		<dc:creator><![CDATA[prof]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 23 Sep 2010 05:12:39 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[病院で80％のヒトが死亡し、在宅や福祉施設を含めると90％以上が死亡する医療（福祉）現場では、グリーフに関する考えが確立しており、医療にも実践されています。
これは、「後悔が少なければ、悲嘆からの回復が早い」と言われているためです。

心肺が停止し、蘇生の可能性がほとんど無い患者さんに心臓マッサージを行うことや、癌で確実に死が訪れる患者さんに対しても医療を放棄せずに、死を迎える最後まで最善の医療を続けることも、結果的には無意味な部分があり、国の財政を圧迫する部分もありますが、これは残された家族グリーフや患者さんの人権や人格を最後まで守る目的もあります。

結果としても死は避けられませんが、そのプロセスがグリーフには重要であり、「充分な医療を受けた上での死」と「充分に医療を受けなかった上での死」では家族の悲嘆からの回復がまったく異なります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>病院で80％のヒトが死亡し、在宅や福祉施設を含めると90％以上が死亡する医療（福祉）現場では、グリーフに関する考えが確立しており、医療にも実践されています。<br />
これは、「後悔が少なければ、悲嘆からの回復が早い」と言われているためです。</p>
<p>心肺が停止し、蘇生の可能性がほとんど無い患者さんに心臓マッサージを行うことや、癌で確実に死が訪れる患者さんに対しても医療を放棄せずに、死を迎える最後まで最善の医療を続けることも、結果的には無意味な部分があり、国の財政を圧迫する部分もありますが、これは残された家族グリーフや患者さんの人権や人格を最後まで守る目的もあります。</p>
<p>結果としても死は避けられませんが、そのプロセスがグリーフには重要であり、「充分な医療を受けた上での死」と「充分に医療を受けなかった上での死」では家族の悲嘆からの回復がまったく異なります。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		物理教師 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-615</link>

		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 22 Sep 2010 10:59:07 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[riko様、コメントありがとうございます。
&gt; ちょっとドキッ☆として読んだのですが・・
すいません、驚かしてしまいまして(^_^)

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>riko様、コメントありがとうございます。<br />
> ちょっとドキッ☆として読んだのですが・・<br />
すいません、驚かしてしまいまして(^_^)</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		riko より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1428281.html#comment-614</link>

		<dc:creator><![CDATA[riko]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 21 Sep 2010 19:15:12 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[なるほど・・

「家族葬」についての定義がよくわかりました。
「失敗」なんてタイトルだから
ちょっとドキッ☆として読んだのですが・・

携帯電話を皆さまがお持ちになっている時代です。
「〇〇さんが亡くなられた」なんていう話はメールで伝わってきます。
ひっそりと・・なんてムズカシイかも^^;

改めて「どういうカタチがいいのか」
考えてみる良いヒントを頂きました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>なるほど・・</p>
<p>「家族葬」についての定義がよくわかりました。<br />
「失敗」なんてタイトルだから<br />
ちょっとドキッ☆として読んだのですが・・</p>
<p>携帯電話を皆さまがお持ちになっている時代です。<br />
「〇〇さんが亡くなられた」なんていう話はメールで伝わってきます。<br />
ひっそりと・・なんてムズカシイかも^^;</p>
<p>改めて「どういうカタチがいいのか」<br />
考えてみる良いヒントを頂きました。</p>
]]></content:encoded>
		
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