最高の弔辞はこれ




今回ご紹介する本は
弔辞―劇的な人生を送る言葉

故人も弔辞者も著名人であるケースの
弔辞を50本集めた本です。

この中に私が最高傑作であると思っている
弔辞が収録されているので紹介します。 

以前
という記事を書きました。

私が考える最高の弔辞は
脚本
演出
演者
全てが優れているというものです。
この点は舞台と似ています。
(またこれらをすべて一人でやらねばならないケースが多いと思われます)
さらに舞台よりも難しいのは
少しでも芝居がかっていれば、
全てぶちこわしになってしまうということです。

 

近年は赤塚不二夫氏へのタモリの弔辞が話題になりました。
もちろんあれは、脚本(弔辞の文章)、演出(無地の奉書を読む)は
良かったと思うのですが、
演者としてのタモリは最高ではなかったと思うのです。
原稿を朗読しているフリという演出上あれは一つの正解ですが
最適解かと問われると私はちょっと違うと思います。
(もちろん良い弔辞であることには同意するのですが)

私は
昭和六十二年八月十一日 東京青山葬儀所において 
石原裕次郎の葬儀でよまれた勝新太郎の弔辞が
弔辞の最高傑作でないか、思っています。
(ワイドショーで何度も流れたので私の記憶には残っているのですが、
残念ながらYOUTUBEに動画はありませんでした。
どちらも知らない世代のために↓この動画を貼っておきます)

そもそも私が裕次郎を認識したのは
「太陽に吠えろ」からです。
しかし子供心にこの小太りのおっさんのどこがカッコイイのか疑問でした。
三船敏郎や小林旭のカッコ良さは分かるのに。
(同様のことはリリーフランキーや青木雄二も言っており、ああ同意見の人もいるんだと・・)
私は次第に
なんかヨットに代表される育ちの良さで、
下駄履かしてもらってるだけなんじゃ
という評価を下すようになりました。

で、この勝新太郎の弔辞を聞くことになります。

この弔辞は引用したエピソードが絶妙です。

酒を飲んでいて口論になりあわやケンカ、という寸前で
「おい、芝居にしようよ」ってやさしい目をして裕次郎が言う。

以前書いた記事で、
「その場にいなくても、故人の知る人にとっては、
その情景が目に浮かぶ故人らしいエピソードで最高のものを一つ、
選ぶことができればその弔辞はほとんど成功していると言えるでしょう。」
と述べました。

このエピソードで私は裕次郎の本当の良さが分かったような気がしました。
裕次郎を評価していない私にそう思わせたこのエピソードのチョイスは絶妙だと思うのです。

この弔辞は
言うべきことをいろいろ考えたんだけど思い浮かばなくて
好きなことを言えよという裕次郎の声が聞こえた。
という主旨の独白調の語りで始まります。

そして後半は裕次郎の自然な演技を賞賛し
結局俺はかなわなかった、という主旨で終わります。

おそらく世間は
この弔辞は、勝新太郎が思いつくままに
しゃべっているのだと、
見ているはずです。

確かに私にもそうとしか見えませんでした。

しかしこの弔辞の全文を読めば分かりますが
この弔辞のテーマは裕次郎であると同時に
役者バカが語る演技論なのです。
(エピソードのチョイスも「芝居」がテーマです。) 

もしかして・・・

一見思いつきでしゃべっているようにみえるこの弔辞が

勝新太郎の全て計算され尽くされた「演技」だったとしたら
どうでしょう。

実は完璧に完成された演技で
この弔辞を100回読んだとしても、
ビデオを再生するように全く同じようにやれた
のだとしたら・・・

天然の俳優、裕次郎に対して
職業俳優としての一世一代の最高の演技を
勝新太郎はこの晴れ舞台で見せたのではないでしょうか。

もしそうなら、
脚本
演出
演者
全ての要素が最高の形で結実した弔辞であり
弔辞の最高傑作であると言えるでしょう。

 

(以下弔辞本文を引用します)

はじめて会ったときから、もう...十年。

最初は勝ちゃん……裕ちゃん。
その次に「勝」「裕次郎」。
最後は、兄弟! 
そういう仲になって……。
きょう、この弔辞を読めといわれたときに、
いいのかなあ、俺なんかが弔辞、読んでいいのかなあ……。
きのう…… 『さよなら裕次郎』という本と、
それから、お兄さんの石原慎太郎氏の書いた文章と、
読んでるうちに、とうとう朝になっちゃって……。
十一時まで間があるんで、高校野球、見てて。
高校野球、見ててもなにか……
なんかしゃべること見つけなくちゃいけない、
見つけなくちゃいけないと思って、どうしても、
その言葉が出てこない、そうしたら、兄弟― 
なんだよ、おまえ好きに言えよ、好きなこと言やあいいんだよ、来て。
そういう声が聞こえたんで……
ここへ来たら、ほんとに、生きてるときも思いやりがあったけども
、死んで肉体がなくなっても、この魂が……
この写真の顔が、たいへん楽にさしてくれて……。
悲しい葬式じゃなくて、
なにか楽しい、と言っちゃいけないんだけども、
ああ…なにか非常に、最高な葬式にめぐりあったような気がする。
ずいぶん前だったけど一遍、酒飲んで喧嘩したことがあった。        
「表へ出ろ!」っていうから、
「ああ、いいよ、上等だ!」って……。
たしか渋谷の…… 「屯喜朋亭」かなんかだったと思うんだけど、
出て、便所んとこ行って……そしたら、
「おい、芝居にしようよ」って言ったときの、あの、やさしい目。
そのときのもう、とても普通の俳優じゃできない、
すばらしい演技力というか、でき心というか。
もちろん、すばらしいっていうことはわかってたんだけども、
役者としては俺のほうが勝ってんじゃないかななんて思いながら、
このあいだ『陽のあたる坂道』とか、いろんなのを見てるうちに、
とても追っつかないなと、これは。
これは、俺たちみたいな、変な演技するとか、
そんなもう……そういうもんじゃ、とても、これはかなわないと、
石原裕次郎っていうのは、もう、すごいんだと、つくづく思った。
生きていながら死んでるやつが多い世の中で、
死んで、また生き返っちゃったという、
このすごさ。これは、とってもすごい……
頭が下がる。そんなすごい人から、兄弟っていわれた、俺も幸せ。
ほんとに、どうもありがとう。
いろいろ教わった。
どうせまた、どっかで会うんだろうけども、
そんときは……ああ、そうか、陽光院天真寛裕大居士、
ちょっと呼びにくいけども……どっかで会うんだから、
それまで……さよなら。











1 個のコメント

  • 実に下らない。
    よくある、昭和のスターを賛美して今の芸能人を貶めるタイプの、どうしようもない盲目な話でしかない。
    そもそもコメディアンや笑いに携わる人に対して無意識に見下している気持ちが見え隠れする。根底にそういう意識があるから、よりにもよって弔辞に対してそんなに尊大な意見を言えるのだろう。
    あんた何様なんだ?

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