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	伝統と共に滅びるのか？ へのコメント	</title>
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		<title>
		物理教師 より		</title>
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		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 04 Jul 2015 13:23:27 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[karasu　様
丁重なコメントありがとうございます。
＞本物は法則に沿った普遍性を現したもの
なるほど、言われてみれば確かにそうですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>karasu　様<br />
丁重なコメントありがとうございます。<br />
＞本物は法則に沿った普遍性を現したもの<br />
なるほど、言われてみれば確かにそうですね。</p>
]]></content:encoded>
		
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		<title>
		karasu より		</title>
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		<dc:creator><![CDATA[karasu]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Jul 2015 16:54:06 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[装いについてはほかにも要因があるとするならば、和装を装うことが形式・形骸化し過ぎた感は否めないかなと思っています。家紋や着方への他者からの陰口も相当に足を引っ張っているのではないかと思われる話もたくさん伺いました。
あとは女性のおぐしの結い、髪のセットができない、着付けができない美容室に知り合いたちが当たったことが何度もあります。
そして温暖化とともに安定しない気温差と災害、ことに雨の異常化レベルなどもかなり耳にします。
それでも本物は生き残るのだと私は思っています。
少なからず人類発生からの歴史を振り返ると、そういった傾向が繰り返しながら淘汰されているように。
本物は法則に沿った普遍性を現したものだそうですから。
先祖供養に関していえば、中には線香のにおいをクサイと攻め立てたり、嫌がらせまがいのことを平然と行っているような話もよく聞きます。それでやむなく中断せざるをえなくなった知り合いも割といますので、どうにかよい切りかえしの時代にはなりたいところです。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>装いについてはほかにも要因があるとするならば、和装を装うことが形式・形骸化し過ぎた感は否めないかなと思っています。家紋や着方への他者からの陰口も相当に足を引っ張っているのではないかと思われる話もたくさん伺いました。<br />
あとは女性のおぐしの結い、髪のセットができない、着付けができない美容室に知り合いたちが当たったことが何度もあります。<br />
そして温暖化とともに安定しない気温差と災害、ことに雨の異常化レベルなどもかなり耳にします。<br />
それでも本物は生き残るのだと私は思っています。<br />
少なからず人類発生からの歴史を振り返ると、そういった傾向が繰り返しながら淘汰されているように。<br />
本物は法則に沿った普遍性を現したものだそうですから。<br />
先祖供養に関していえば、中には線香のにおいをクサイと攻め立てたり、嫌がらせまがいのことを平然と行っているような話もよく聞きます。それでやむなく中断せざるをえなくなった知り合いも割といますので、どうにかよい切りかえしの時代にはなりたいところです。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		物理教師 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3957</link>

		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 21 Jun 2015 10:25:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[SOFIA　様
丁重なコメントありがとうございます。
＞伝統の担い手たちは「これはどういう理由でこうなっているのか」を説明できるリテラシーをちゃんと持ってほしいです。
そうですよね。葬儀の中の宗教作法って、「これ、あとから理由考えたんじゃないの？」というのが、結構あります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>SOFIA　様<br />
丁重なコメントありがとうございます。<br />
＞伝統の担い手たちは「これはどういう理由でこうなっているのか」を説明できるリテラシーをちゃんと持ってほしいです。<br />
そうですよね。葬儀の中の宗教作法って、「これ、あとから理由考えたんじゃないの？」というのが、結構あります。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		SOFIA より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3956</link>

		<dc:creator><![CDATA[SOFIA]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 20 Jun 2015 02:04:54 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[(承前)

伝統にとって本当に「守るべき」ものは「譲れない上限基準の程度」であり、ある時代に於ける形式ではないと思います。むしろ伝統を表現するための形式や制度といったツールは、その時代の中で「とがっている」ことで「譲れないもの」を一人でも多くの人々の手にしていこうとした結果だったはずです。

だから、形式のみ拘って伝統と気張っていても、それは最早信仰であり、伝統を引き継ぐことになれないと思います。そして、世代には世代ごとの創造力や価値観があって若者には若者の創造力があるのですが、若者に対して与えられる批判はただそれを理解出来なかった、しなかった結果に過ぎないのです。

そのため、伝統の担い手たちは「これはどういう理由でこうなっているのか」を説明できるリテラシーをちゃんと持ってほしいです。説明出来ないならそれでお終いだし、出来るなら現代の都合とすり合わせて伝統を再解釈しながら次世代へと繋いでいけるはずですから。

それでももし伝統を一時期の形式として扱うなら、別にそれでもいいですが、惜しまれつついっそ消えて行くことも清々しいと思います。丸の内の「東京銀行協会ビル」みたいに、開発と伝統がせめぎあった結果かえって無残なことになるよりは。


BLOG『SOFIAの見つめる世界』より、【援交女子高生に無償でゲーマンをあげたら、その子は一日満足できるのか？③】
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>(承前)</p>
<p>伝統にとって本当に「守るべき」ものは「譲れない上限基準の程度」であり、ある時代に於ける形式ではないと思います。むしろ伝統を表現するための形式や制度といったツールは、その時代の中で「とがっている」ことで「譲れないもの」を一人でも多くの人々の手にしていこうとした結果だったはずです。</p>
<p>だから、形式のみ拘って伝統と気張っていても、それは最早信仰であり、伝統を引き継ぐことになれないと思います。そして、世代には世代ごとの創造力や価値観があって若者には若者の創造力があるのですが、若者に対して与えられる批判はただそれを理解出来なかった、しなかった結果に過ぎないのです。</p>
<p>そのため、伝統の担い手たちは「これはどういう理由でこうなっているのか」を説明できるリテラシーをちゃんと持ってほしいです。説明出来ないならそれでお終いだし、出来るなら現代の都合とすり合わせて伝統を再解釈しながら次世代へと繋いでいけるはずですから。</p>
<p>それでももし伝統を一時期の形式として扱うなら、別にそれでもいいですが、惜しまれつついっそ消えて行くことも清々しいと思います。丸の内の「東京銀行協会ビル」みたいに、開発と伝統がせめぎあった結果かえって無残なことになるよりは。</p>
<p>BLOG『SOFIAの見つめる世界』より、【援交女子高生に無償でゲーマンをあげたら、その子は一日満足できるのか？③】</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		SOFIA より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3955</link>

		<dc:creator><![CDATA[SOFIA]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 20 Jun 2015 01:59:52 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[常々伝統について思うのは「伝統は「譲れない上限基準の程度」を示すべきだ」ということです。


例えば、歌舞伎は今でこそ日本の伝統芸能として成っていると見られますが、もともと歌舞伎は〔かたぶく〕つまり風紀を紊乱したり過度な贅沢をしたりする行為として弾圧さえされましたし、歌舞伎の担い手も邪道とか屈折と罵られる…「とがっている」存在だったはずですし、それゆえ庶民のポップカルチャーだったはず。

しかし上流階級の社交の場・大衆教化の具として「守るべき」文化になった時から、歌舞伎はもはや庶民の文化でなくなったのですから、和服と同じように若年世代からの興味が薄らいだのは当然の成り行きでしょう。ところがこの事態を打開しようとする時決まって障害になるのが「これは伝統的な●●の体を保ってない」という言説です。

〔伝統〕とは規範的な存在として受け継がれてきた事柄やそれを受け伝えることですが、しかし〔伝統〕が伝統たるためには、現在に於いて今見えている物ではなく、過去存在したという事実がなければなりません。仮に伝統が存在し続けるなら、現在における伝統に連続性が有るかないかは、未来から考察され返された過去としての現在という認識に立って判断されなくてはいけないのです。

伝統は一瞬の固定的な形式ではないし、伝統は歴史を流らう中で有機的に人の手を渡ってきたものです。歌舞伎の伝統はある意味若者のハチャメチャ行為ですし、葬式の伝統だって開祖仏陀は「お前たちは修行完成者の遺骨の供養(崇拝)にかかずらうな」と言ってますから、伝統とは一時期の形式を保つことじゃないのが解ります。基準を保持し続けるよう努力されたから伝統は伝統として成ったのですし、伝統が本当に守られなかったのかどうかは未来の人間にしか分かりません。現在にとっての伝統を守りたいのは構わないにせよ、伝統は伝わらなければ学べないのです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>常々伝統について思うのは「伝統は「譲れない上限基準の程度」を示すべきだ」ということです。</p>
<p>例えば、歌舞伎は今でこそ日本の伝統芸能として成っていると見られますが、もともと歌舞伎は〔かたぶく〕つまり風紀を紊乱したり過度な贅沢をしたりする行為として弾圧さえされましたし、歌舞伎の担い手も邪道とか屈折と罵られる…「とがっている」存在だったはずですし、それゆえ庶民のポップカルチャーだったはず。</p>
<p>しかし上流階級の社交の場・大衆教化の具として「守るべき」文化になった時から、歌舞伎はもはや庶民の文化でなくなったのですから、和服と同じように若年世代からの興味が薄らいだのは当然の成り行きでしょう。ところがこの事態を打開しようとする時決まって障害になるのが「これは伝統的な●●の体を保ってない」という言説です。</p>
<p>〔伝統〕とは規範的な存在として受け継がれてきた事柄やそれを受け伝えることですが、しかし〔伝統〕が伝統たるためには、現在に於いて今見えている物ではなく、過去存在したという事実がなければなりません。仮に伝統が存在し続けるなら、現在における伝統に連続性が有るかないかは、未来から考察され返された過去としての現在という認識に立って判断されなくてはいけないのです。</p>
<p>伝統は一瞬の固定的な形式ではないし、伝統は歴史を流らう中で有機的に人の手を渡ってきたものです。歌舞伎の伝統はある意味若者のハチャメチャ行為ですし、葬式の伝統だって開祖仏陀は「お前たちは修行完成者の遺骨の供養(崇拝)にかかずらうな」と言ってますから、伝統とは一時期の形式を保つことじゃないのが解ります。基準を保持し続けるよう努力されたから伝統は伝統として成ったのですし、伝統が本当に守られなかったのかどうかは未来の人間にしか分かりません。現在にとっての伝統を守りたいのは構わないにせよ、伝統は伝わらなければ学べないのです。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		物理教師 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3954</link>

		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 19 Jun 2015 13:40:07 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[はっちゃん　様
＞「伝統と共に滅びる」覚悟を決めたのでしょう。
実は覚悟が全く出来ていないことが問題なのかもしれません。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>はっちゃん　様<br />
＞「伝統と共に滅びる」覚悟を決めたのでしょう。<br />
実は覚悟が全く出来ていないことが問題なのかもしれません。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		はっちゃん より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3953</link>

		<dc:creator><![CDATA[はっちゃん]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Jun 2015 23:29:33 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[２軒目の店員さんいわく、伝統的な金仏壇等は現在ほとんど売れないとか。
そちらのお店には様々なタイプの仏壇や供養セットが展示され、
「祈るカタチよりキモチ」とかいうコピーが表示されてました。
１軒目は「伝統と共に滅びる」覚悟を決めたのでしょう。
着物ですが、自分は体格的に全く似合わず残念です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２軒目の店員さんいわく、伝統的な金仏壇等は現在ほとんど売れないとか。<br />
そちらのお店には様々なタイプの仏壇や供養セットが展示され、<br />
「祈るカタチよりキモチ」とかいうコピーが表示されてました。<br />
１軒目は「伝統と共に滅びる」覚悟を決めたのでしょう。<br />
着物ですが、自分は体格的に全く似合わず残念です。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		物理教師 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3952</link>

		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Jun 2015 07:32:03 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[かかし　様
このままいくと危ないですよね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>かかし　様<br />
このままいくと危ないですよね。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		物理教師 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3951</link>

		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Jun 2015 07:31:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[ななし　様
丁重なコメントありがとうございます。
＞日常着としては浴衣以外は壊滅状態で
そうなんですよね。
せめてU10万円の商品がもっと増えればと思います。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ななし　様<br />
丁重なコメントありがとうございます。<br />
＞日常着としては浴衣以外は壊滅状態で<br />
そうなんですよね。<br />
せめてU10万円の商品がもっと増えればと思います。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		物理教師 より		</title>
		<link>https://kangaerusougiyasan.com/archives/1970198.html#comment-3950</link>

		<dc:creator><![CDATA[物理教師]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 18 Jun 2015 07:29:11 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[はっちゃん　様
仏壇も斜陽産業のはずなんですけどねぇ・・・
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>はっちゃん　様<br />
仏壇も斜陽産業のはずなんですけどねぇ・・・</p>
]]></content:encoded>
		
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