「死」はどうして生まれたのか




今回ご紹介するのはこの本。

神さまがくれた漢字たち

本の内容

表意文字である漢字はそのそもそもその姿を写し取り簡略化されたもの、
という認識はお持ちだと思います。

例えば「川」は水の流れを書き写しているというように。
この本では古代の甲骨文字の記録を分析して、
その漢字が表しているルーツをたどっています。

白川静氏が監修ということになっていますが
実態は前書きを書いているのみです。
基本的に子供向けの本なのですが、白川静氏のネームバリューは子供に通用しないと思うので
(白川静っていいよねぇ、と言う小学生は恐らくいないかと)
先生や親に向けたアピールなのでしょう。

骨2

「死」の起源

さてこの本の中に
「死」「葬」「亡」「柩」という文字に触れた箇所があります。
「死」それ自体は、形で示されることのないため、「死」の事実を実態とし
て文字に表すことができません。
確かに。死そのものは概念であって目に見えるモノではありません。
それで、「死」の字は、死者の姿ではなく、
代わって、生きている者の死者への対応のありかたを示す字となります。
「死」の左部に記されるのは、「歹 (がつへん)」、残骨を象ります。その右部
には、膝をつき、死者を弔う人の形が配されます。それを草原のなかで行う
のが「葬」です。
なお、身体をとどめる死者の形を写す字は「亡」であり、また「久」です。
「亡」は足を曲げた死者、「久」はうしろより木で支えられている死者をそれ
ぞれ象る字です。この「久」を棺に入れ、野辺に送ることを示す字が「柩」、
すなわち「ひつぎ」にほかなりません。
この葬礼ののち、おそらく死体は、その野で徐々に腐朽し、そして風化さ
れ、やがて骨のみをとどめるものとなります。「死」の字は、そのかろうじ
て残された骨にたいしてひざまずく人の姿を表した字です。そのことからも、
一どめは肉体的な生命を失ったばかりの死者にたいして、二どめはそれより
かなりの月日を経て、風化されたのちの死者にたいして、あわせて二どの葬
礼が行われたであろうことが推測されるのです。これを複葬と称しますが、
「死」「葬」の字がいずれも、その二どめの葬礼を示すことは明らかです。

「死」が風葬の結果できた遺骨に手を合わせている人の姿を表しているという解釈は興味深いです。
亡くなってから弔う人がいてはじめて「死」が成立するということですから。
弔う人のいない死は単なる「消」であるということでしょうか。

白川静氏の解釈には異論もあるようですが、私はこの箇所に関しては白川氏を支持したいです。











9 件のコメント

  • これは「使える」。
    11月3日に大学で葬儀学部の大会があり、1,000人程の前で基調講演を行いますので、早速使わせて頂きます。

    恐らく、来年からの事業計画も発表をします。
    これは、日本の葬儀教育にも大きな影響を与えると思われます。

    今回も学生と教員、他校や他国の教授達、国内外の葬儀社が大学に集まります。

  • 概略は、日本に葬儀学部が出来ないのであれば創れば良い。
    土地や校舎、カネは有るので、加計や森友の様な補助金や助成金は必要無し。

    手始めに来年から、日本人学生は授業料及び学生寮費を無料で受け入れます。(心配しないで下さい、カネは余っていますので)
    これは、日本の夏季や冬季休みに合わせた、「30日短期ステイ・コース」(実質25日)

    社会人向けのコースは、「10日間短期集中コース」(実質7日間)
    此方は有料で、5~10万円程度を考えています。(ホテル代は自腹、学生寮でよければ無料)

    大学からの「修了書」が公布されますので、「ナンチャッテ資格」と異なり公的通用がするために、就職や名刺にも刷れます。
    また、日本国内在住の中華圏の方や、在外中華圏の人が国内で死亡をした場合には、「とても有利な物」となります。

    来年の開講は大学本校の、湖南省長沙市で開催。(授業は日本語、本学教授陣が担当)

    問題点や要望があれば、指摘をして下さい。(改善をします)

  • prof様
    これはすごいですね・・・
    >問題点や要望があれば、指摘をして下さい。
    いえ、ありません。
    強いて言えば、日本国内にこういった制度がないのが悲しいくらいです。

  • 文科省の大学認可が取らなければ、大学としての卒業資格が得られないので、学生にとってはマイナスがあります
    また、国内にある4校の葬儀専門学校の「圧迫」も避ける必要がありますので、国内開校ならば大学または3年制短大が妥当です。

    既卒社会人であれば、外国の卒業資格でも有効ですので、「現職」に絞った案も進んでいます。
    私が行なっている国内での講演受講は、2018年からは「1講義2コマ計算」となり、2学部認定学外講座となりますので、単位取得が可能となります。

    教育には、知識、技術、経験、実績が必要ですが、赤城氏に不足をしているのは実績です。(経験と実績は異なります)
    日本の葬儀業界には、「実績のある人は一人も居ません」ので、これからは「評価対象の実績」を重ねて下さい。
    (講演と実演は異なりますし、講演であっても知識、経験と実績を伴う内容で対象者であるかも重要です)

  • prof様
    >赤城氏に不足をしているのは実績です。
    ペーパー書くっていうことでしょうか?

  • ペーパーは実績の重要な素因ですが、日本国内では葬儀は学問としての評価や組織がなく、実績としての評価は難しいです。

    医学や理工学と異なり業界組織は「経営者only」であり、これらの団体の題目は「売り上げと利益だけ」、現場の人達の組織もなく、仮に有ったとしても間違った情報の共有や時代遅れの考えばかりなので、研究やペーパーの評価も出来ないのが現状です

    企業人である以上は、「大きな制約があります」
    しかし、明らかな斜陽産業である「エンディング産業」(終活ビジネスは既にピークを越えて急落)において、何をするべきか、何が必要なのか?

    Frontierであり、Pioneerとしての成果があれば確実です

  • コメントを残す