遺族への手紙

葬儀後、ご遺族からたまにお手紙をいただくことがあります。
もちろんそれらは大切に専用のファイルで保管しています。
一方で、私からご遺族に対して手紙を書くこともあります。

以前自分と同じ境遇の喪主様にお葬式が終わった後、手紙を書いたことがあります。
彼は当時大学4年生という若さにも関わらず3年前に父親を見送り、そして今度母親を見送ることになったのでした。
ご両親の関係者の協力を得て葬儀は無事終えることができました。

ただ自分もそうだったので分かるのですが、お葬式の間は、限られた時間の中で目の前のやらなければいけないことをこなしてもらうことで精一杯です。
そんな状況では、なかなか喪主様と落ち着いて話すことはできません。
お葬式が終わって就職のために今のアパートを引き払って引っ越しをしてしまうと聞いたので、手紙を送ったのです。

「自分も似たような境遇であること。
これから一人で社会に出ることが大変そうに思えて不安かもしれないが、両親の死を経験した人間にとってはそれは取るに足らないことである。
強く生きようなどと気負わなくても大丈夫。
もうあなたはすでに誰よりも強くなっているはず。
自分の場合、母と父を見送って20年経ってみて、人生というのはそんなに悪いものではないと、今では思っている。
今の私の言葉は無力かもしれないが、もし機会があれば思い出してほしい。」

手紙はそんな内容でした

その後、手紙の返事は来ませんでした。

でも自分は全く気にしていません。

なぜなら私も自分を気遣ってくれた人の手紙を受け取ったにもかかわらず、返事を書かなかった経験があるからです。

私が大学3年生の時に父が亡くなってから、2週間ほどして父の友人という方から手紙をいただきました。
内容はいかに私の父が素晴らしい生き方をしたか、そして私たち兄弟にも立派な生き方をしてほしいということが達筆な文字で便箋3枚ほどに綴られていました。

そんなありがたい手紙にもかかわらず私は返事を書かなかったのです。
今思い返してもなぜ返事を書かなかったのか分かりません。
返事を書かなきゃという発想すらあの時は起きなかったのです。
両親がこの世にいない状況で、長男として立ち向かわなくてはいけないいろんな問題が生じていて、これから生きていくのが不安でそれどころではなかったのでしょう。
あの状況ではどんな言葉であったとしても、私の不安を取り除くことはできなかったはずです。

社会に出て10年ほど経ってから どうしてもあの手紙を読み返してお礼の返事を書きたいと思い、その手紙を探すために実家に戻ったことがあります。
しかしもうその手紙を見つけることはできませんでした。
今でもたまに悔恨の気持ちと共にその手紙を思い出すことがあります。

だから彼から手紙の返事が全くなかったとしても たぶんそういうものなのだろう、と思えるのです。
でも彼の心の片隅のどこかに私の言葉が引っかかってくれていたら、ということをただ祈るのみです。




コメントを残す