以下、創作です。
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「私が自殺したらどうなるの?」
Nさんは淡々と私にそう聞いた。
ある日、葬儀の事前相談の依頼が入った。
60歳くらいの男性で、死に関する教養があって経験豊富な担当者をお願いしたい、という条件だったらしい。
もう、明らかに厄介そうだ。
そして、社内のそういう案件は大体私に振られる。
高級車に乗ってきたNさんは、身なりのちゃんとした紳士で、見かけ通り穏やかな喋り方をした。
彼は50歳の時、あと10年したら自殺しようと決意したらしい。
現役を終えて老いさらばえて、若者の世話になって年金で生きるのは自分の美意識に反するというのだ。
そして冒頭に質問につながる。
私は本当のことを言った。
「ステンレスの台に全裸で寝かされて、警察から依頼を受けた医者に体中を検査されますね。
場合によっては解剖されて内臓を取り出されます。」
淡々と説明することで、脅しのニュアンスを加えた。
予想通りNさんは嫌な顔をした。
「もっとキレイに死ねないのかな」
「確かスイスでは外国人の自殺幇助もやってると聞きましたが」
「スイスか、面倒そうだね」
「ええ」
だから断念されてはいかがですかとまでは言わなかった。
その後Nさんは、大体3ヶ月に1度のペースで私に会いに来た。
なぜかその度にお菓子をプレゼントされた。凝ったデザインの小さな箱に入った、高そうな輸入物のクッキーであったりチョコレートであったりした。
私は甘い物を食べないので、若い女性社員にいつもそれを渡す。
「これ、どうしたんですか?」
「俺のファンから」
怪訝そうな顔をされた。
私はNさんがどこまで本気なのかわからなかった。
精神疾患による自殺念慮であれば、職業倫理上の守秘義務を放棄してでも、しかるべき対応しただろう。
しかし、Nさんの場合は、明らかにそれではない。
自分の自殺計画を家族に宣言し、遺言書や計画書も作成済みだという。
あくまで自分の美学に殉じたいということなのだ。
「ご家族はなんておっしゃっています?」
「まともに取り合ってくれないんだ」
「まあ、そうでしょうね。別に今じゃなくてもいいんじゃないですか。いつか死ぬんだし」
出会ってから3年目の秋頃、Nさんからメールが届いた。家族に反対されたので、断念するという内容だった。
正直ほっとした。実際のところ、万一の時どんな顔をして家族に会っていいのかわからない。
葬儀屋という仕事の中で、生前会っている人に死なれるのが一番こたえる。
ましてやそれが自殺だったら。
2週間ぶりの休みが取れた2月の寒い日の早朝、心当たりの無い電話番号から着信があった。
「○○の救急隊の者ですが、Nさんをご存じですか」
数秒おいて、はい、と答えたものの頭はまだボーッとしている。
何かあったんでしょうか、という反射的に発した自分からの問いかけによって、何が起きているのか気づかされた。
「睡眠薬を大量に飲まれました。書き置きにあなたの連絡先があったので電話してます。」
「亡くなったのですか」
「いえ、今のところは」
電話を切られた後、どうすべきだったのかしばらく思い返してみた。
結局どうすることもできなかったのだと、自分を納得させるための儀式過ぎないのは分かっていた。
それからずっとNさんのことが頭から離れなかった。
家族の連絡先は知っていたが、まさか亡くなっていますかとは尋ねられない。
亡くなったのなら、Nさんとの約束を絶対に果たさなければいけない。
2週間後、突然Nさんからメールが届いた。
2週間ずっとベッドに拘束されていたせいで、連絡できなかったことを詫びていた。
そこじゃねーだろう。
現在処方される睡眠薬は多少多目に飲んだところで致死量には達しないらしい。
1週間後に会いませんかと言う。
久しぶりに会うNさんはバツが悪そうだった。
そして、幸せそうだった。
「もしかして、念願の自殺ができたことで、死ななくてもいいやって思うようになったとか」
「うん、全くそうなんだよ」
「憑き物が落ちたんですね」
どんな恨み事を言ってやろうかと思っていたが、ニコニコしているNさんの顔を見たらその気も失せた。
「次に会えるのはかなり先だろうね」
「そうですねー、しばらくは顔も見たくありません。」
今後、お客様に対してこれ以上の暴言を吐くことはないだろう
Nさんは相変わらずニコニコしていて、50個以上入っているチョコレートの詰め合わせを置いていった。
今までもらった中で一番多い。
これは誰にもあげず、食べ終えるのに1ヶ月かかった。
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