左利きだった故人の正しい合掌の仕方

一般的な合掌に関してはウィキペディアを読んでもらうとして
今回はちょっと違う合掌の話です。

故人を病院から搬送する際や、御棺にお納めする際、
故人の両手の指を交互に組んで、手を合わせることが多いと思います。
(↓下図参照)
合掌

多分、この合掌は、
真言宗の金剛合掌とも異なり
故人の両手を固定することを優先したため
このような形にしたのだと思います。

このときの故人の「正しい」合掌の仕方
が今回のテーマです。

一度、自分の両手で同じように手を組んでみてください。

どうです、やっていただけましたか?

そのとき、どちらの手の親指が上にきてますか?

もし右手の親指が上に来ていたら、「先天的には」右利き。
左手の親指が上に来ていたら、 「先天的には」 左利き

らしいです。

日頃右利きなのに左手の親指が上に来ていたら、
それは先天的には左利きなのに
右利きに矯正された方とのこと。

この見分け方は10年くらい前の「ニュートン」で読みました。
(同様の見分け方として、
腕を組んでみて、下に来る腕が利き手側というものがあります)

で、何が言いたいかというと

右利きの葬儀屋さんは故人の手を組んで合掌させるとき、
おそらく無意識に故人の右手が上に来るように、
手を組んでいると思います。

でも故人が左利きの場合は左手が上に来るように合掌した方が
「自然」(人体の生理にかなっている)なのではないかと。

もうちょっと詳しく説明すると

故人が
先天的に左利き→右利きに矯正
というケースは良くありますが
先天的に右利き→左利きに矯正
というケースは珍しいと思います。

であるなら
生前左利きだった人は先天的にも左利きであった
と考えて、
合掌する際は左手が上にくるように合掌したほうが
自然ではないかと・・・

ただしこの利き手の判定の仕方も、私の論理も絶対とは言えないので
即実戦というのは保証できません。

ただ蘊蓄(うんちく)を語りたい、
という方はこのネタをどうぞご自由にお使いください。
失礼しました。




10件のコメント

そんなのこじつけの都市伝説ですよ(笑)
自分はコテコテの右利きで親指左上になりますから、活字なんてアテになりません。
真実は別ですよ(笑)

さて人間生きるのに嫌でもお金がかかります、死んだ後もお墓にもお金がかかる現実に人の世の無情さ感じますね。
人間の宿命なんでしょうか…

私は、右利きですが
多々左が便利なことがあり
不思議に思っていました
手を組んだときもやはり親指は左が上でした。
少々納得!(*^^*)

お墓も今は手頃なお墓があるのにな~!
まだお金がかかる葬儀、お墓の意見の方に
どうしたら伝わるのでしょうか?

日々考えております。

ツイッターよりお邪魔いたしました(*^^*)

アラレ様、
コメントありがとうございます。
ツイッター調べて見たら1週間ほど前にツイートいただいてましたね。
すいません。
ツイッターはブログ記事アップのお知らせ以外に
ブログにはちょっと書けないことをアップする場にしていまして(^^;)
毎日見ていないもので・・・
これに懲りず
またお立ち寄りくださいませ!

医療現場や在宅現場では、基本としては「合掌はさせない」方針で進んでいます。
ご家族が希望される場合は、「リスクと注意点」を告げて行います。
この考え方が主流になりつつあります。

ネタ違いですが、下記も面白い文献です。
http://www.niph.go.jp/journal/saigaiji.pdf
学者や役人が翻訳した物ですが、「規則や法律は学者や役人が作る」ために、この文献が5年以内には日本でのシステムの基礎となると考えられます。
160ページもありますので、読み応えはあります。
関係者必読です。

中国では葬儀従事者は公務員または外郭団体職員が一般的であり、近年になり中国国内民間企業の参入が可能になり、民間企業では大手が1社あります。
採用条件は、葬儀学科卒または他学部卒で、一般学部卒では採用競争倍率が100倍以上の事もあります。

他の職種に比べて高級であり「おいしい部門」(出世すれば賄賂や副収入が多い)、人気があるのは事実ですが、「人に嫌われる仕事」であるのも確かです。
中国(他国と同様)では、「人の死や死体に携わる仕事は卑しく、身分が低い」と考えられて来たために、未だに「眉を顰められる」部分があります。
特に「1人っ子政策」から、親からすれば「どうして葬式屋なのか」と考えられています。

そのために、政府民政部としても葬儀に関する公的資格(現在は5資格)を作り、葬儀従事者のスキルを上げる教育・資格体制、葬儀の近代化とより高度化、学識化、地位の確立(民政局職員等の公務員)を行い、葬儀業態のレベルを上げることと並行して、国民の葬儀に対する「意識改革」を行っています。(散骨の無償化)
しかし、農村部や地方都市では「未だにヤクザみたいな者」がおり、これらの者達が定年にならなければ入れ替えが出来ない状態です。
葬儀教育が本格化したのが2000年以降ですので、35歳以上の者(管理職)は「問題者が多い」のが現状です。
その意味でも「葬儀のエリート教育」を課題としています。

prof様
お忙しいところ、詳細なコメントありがとうございます。

中国の歴史物では「そんな扱い方しなくても」というくらい遺体を乱暴に扱う記述が多いので
逆に遺体を扱うことに抵抗感はないのかも、勝手にイメージしてました。

日本と、偏見の構造は似通ってますが
政策等で日本はかなり遅れをとっていますね。

死に対する考え方の違いとして、「生命保険問題」があります。

中国での生命保険市場は「未開拓部分」が多く、外資系生保会社から見れば参入したいのですが、葬儀市場と同様で「外資企業の参入」を認めていません。
中国で生命保険が一般化したのは10年程前からであり、経済発展と世代交代により変化は大きく成りつつありますが、「今でも嫌う国民が多い状態」が続いています。

旧来の中国人は生命保険に対して、「死の準備」、「保険金が入るために死を待っている」と考えており、「不吉」と考えられ嫌われていました。
そのために、国民の生命保険加入率は低く、高額所得者でも未加入者(多くは現金を持っているので、保険金は要らないが)は少なくありません。
「死及び死に纏わること」は不吉であり、嫌われる部分が強く残っています。(南の島のサンダルと同様で、チャンスはある)

金持ちの中国人が海外で病気や怪我、死亡する事案も増加しており、生保や損保での対応も必要なのですが、「政府の保険金額制限」が未だに低く、保険金額だけでの患者国際搬送や遺体国際搬送が厳しい状態です。
この問題に関して、担当官や大手生保会社の社長達とも話し合いましたが、国としての「賠償額80~120万円(中国国民1人の値段、外国人は600万)」が経済発展に伴っておらず、死亡や救援費用の上限が低く設定をされています。
保険のオプとネゴシエートも頼まれますが、中国の保険時は「低すぎ」るために、大変です。

prof様、
> 「死及び死に纏わること」は不吉であり、嫌われる部分が強く残っています。
このあたりの感覚って、日本人とさほど変わらないのですね。
でも中国は貧富の差や人口の問題で、保険商品を作り出すのも、
なんか大変そうですね。

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