「葬儀は迷惑」症候群




先日のサンケイの記事から

最近団塊の世代を中心に聞く機会が増えた、この発言。
「子供達に迷惑を掛けたくないから葬儀はしない」

私はどうもこの言葉に違和感を感じてしまうのです。
それは私が葬儀が無くなると困る立場の人間であるから
というだけではないように思うのです。

今回はこの違和感の原因を探りたい思います。

そもそも葬儀って迷惑なものなのか?

上記の発言の真意らしきものを探ってみると

・手間がかかる
・お金がかかる
 
ことが自分の子供の世代にとって迷惑になる
と言うことなのだと思います。

ただ手間とお金の問題と言ってしまうと
そうは言いながら、将来戻ってくる当てのないのを覚悟で支払っている若者達のお金を
年金として受け取っているのはいかがなものか、
とか
終末医療の方が葬儀より手間もお金もかかるのに
それはやめてとは言わないのか
という意地悪な指摘が思わず口をついて出てしまうのですが
ただこれらは話がマクロすぎたり、ミクロすぎたりするんでちょっと脇に置いておくとして。

適切な解釈をすると
おそらく亡くなる本人の宗教観を含めた価値感で評価すると
(成仏なんて信じない、とか)
葬儀に価値を見いだせないから、わざわざお金かけてまでやらなくていいよ
ってことを言いたいのかな、と思うんですね。

ただお葬式って亡くなった人のものであると同時に
遺族を含めた残された人達のもの、でもあるわけで。
「迷惑をかけたくない」発言は相手を気遣っているように見えて
実は思考停止にも見えるのです。
それが私の違和感の原因かと思うのです。

たとえば去年亡くなった三國連太郎氏。
報道によると「散骨して誰にも知らせるな」
という言葉を残していたらしいです。
しかし誰にも知らせないわけにはいかず
遺族はちゃんとお別れ会を開き
そして散骨していないということです。
これは氏に迷惑をかけたくない、という気持ちがあったのかは不明ですが
家族との事前のコンセンサスが出来ていなかったのは確かでしょう。

日本のお葬式はどう変わったか: お葬式の今までとこれから

中田 ひとみ 彩流社 2013-03-21
売り上げランキング : 317180

by ヨメレバ

この本にも

子供世代のとまどいが描かれていますね。

迷惑という言葉で片付けるのではなくて
見送る側と見送られる側の価値感をすりあわせた上での
「葬儀はしない」
が大切なのではないでしょうか。











16 件のコメント

  • 海洋散骨の業者と取引を始めると、意外と申し込むご遺族が多く驚きました。

    故人の遺言に従い全骨海洋にて供養
    併せて檀家から抜け仏壇も処分

    当時は煩わしさから解放された、今後こう言う家族が増えるでしょうね等と話していたが、後々 あれで良かったのか、拝む対象が写真しかないのが少し寂しい、などなど。

    どれだけ説明しても、悲しみや疲労からか
    多くのご遺族には理解してもらえません。う~ん。

  • 団塊の世代あたりなら年金や介護サービスなど、もらえるものはみんなもらって、死んだ後の葬儀はどうでもよくなり、残された家族の負担にならないなどと言うのがかっこいいと思っているのか、と意地の悪い私は思ったりしてしまいます。それに関連して、このような高齢化社会になると、葬儀もかつてとかなり変わってきているのだろうなあ、と想像します。社会から離れて数十年、自分の子供もすでに社会を引退している、自分が社会で責任を持つ役割を果たしていたことを知る人もほとんどいないか、極めて高齢。子供の世代も親に面倒を見てもらった期間よりも親の面倒を見る期間の方が長い、というような感じになってくると、親族が亡くなることの重みがかつてとはずいぶんと違うように思います。死ぬ間際までいろんな人との実のある交流があって惜しまれて死ぬ、年老いてもそうありたいと思います。

  • エソバソマー様、
    私の経験だと、故人の遺志に背いて散骨を避ける人はたくさんいます。
    ただ故人の遺志を尊重して散骨された遺族は
    その後もうまくいっているみたいですね。

  • シギー様、
    >死ぬ間際までいろんな人との実のある交流があって惜しまれて死ぬ、年老いてもそうありたいと思います。
    数年前担当した、元校長先生のお葬式は本人に全く身寄りがいなかったにもにもかかわらず
    教え子が150人参列されました。
    みんなが談笑しているお葬式を見て、泣きそうになったのははじめてです。

  • 葬儀って、対外的に行った方が遺族に迷惑かからないと思うんですけどねぇ…
    通夜、告別式をやらず、ひっそり身内だけで終わらせて、
    実は先日、母が亡くなって、なんて言ったら、
    お線香をあげにいかせて!やら、
    知らなくて申し訳ない!とお香典を渡されたりやら、
    通夜、告別式でとっとと終わらせた方が楽だと思うんです。
    まあ、通夜、告別式やっているのに、その日はどうしても仕事の都合つかなかったからって後日お線香あげにきたりする人がいますが、
    わざわざその人に時間合わせるより、通夜か告別式に来いよ、とはコッソリ思ってます。

    本当に遺族のことを感じているなら、
    「葬儀はまかせる。大変なのは残されたあなたたちだから。
    あとあと後悔しないよう、やりたいように好きにしてちょうだい」
    ですかね。

    そういえるおばあちゃんになりたいです。

  • 終活セミナーの主催者に協力する事が稀にありますが、来場される方の多くがご自身の事を考えていらっしゃる方で、ご両親の送り方を考えていらっしゃる方の来場は少ない様に思えます。
    人生の最期を続く者に託しても良いと思いますが託せる人がいないのか、
    迷惑をかけるという考えになるのでしょうか。
    また葬儀を通して喧嘩をしていた親族が再び顔を合わせた、仲の良かった親族が財産分与でもめ出す、なんて事もあると思いますが、これは葬儀が原因ではなく、その人の死をきっかけに顕在化していた問題が表面に出てきた、或いは解決した訳ですから、やはりその人の生き様が最期まで自分自身に戻るものだと思います。まさに棺をおおいて事さだまる、ですね。
    通常、喪主をつとめるのは故人の長男ですので、特に故人と生前に擦り合わせをしないでも、故人と生前にきちんとした人間関係が出来ていれば、故人を偲ぶ気持ちが自然と表れた葬儀になるのではないでしょうか?
    また、いざ葬儀をする立場になり、バタバタと打合せをするなかで故人の人生を思い、後悔の念や様々な想いを馳せる人生というのも供養になると思います。
    本当のところは知りませんが、亡くなった藤圭子さんが生前に誰の葬儀にも一切顔を出さなかったらしく、その意をくんで藤圭子さんの葬儀をなさらなかった、という話を聞き、これも供養の形として個人的には納得できる出来事でした。

  • 今から10年程前から、篤志解剖受付制限をする様になりました。
    以前は解剖実習遺体(篤志遺体)が集まらない時期もあり、医学部と取引のある葬儀社や互助会が手配をしたり、「集める」等の時期もありました。
    新設医学部や医科大学では、「解剖遺体の覚悟」も条件であり医学部(医科大)開設に合わせて「最低25体以上の確保」が必要です。
    しかし、ここ10年は篤志希望者が多くなり、予約だけで確保数を超えるために「受付停止」をしている団体や大学が多くなりました。

    日本では、解剖実習は医学部と歯学部だけであり医師と歯科医師以外の教育では「解剖実習がありません」。(看護学部等での解剖見学はあるが、見るだけ)
    日本では医学生4~6人に対して1遺体であり、通常の学部(100人)では25~30体で教育が出来ます。
    中国では大学により異なりますが、卒業までに「1学生に対して4遺体」であり、莫大は遺体が必要となります。
    そして、解剖実習は「1年に1回」(約2か月かかる)であり、解剖実習に使用する遺体は「医学用エンバーミング」が必要(常温常湿下で1年保存)であり、国内の医歯学部では25~30体が保存され、中国では数百体が保存されています。
    近年では、「迅速固定装置」(10日もかかり迅速ではないが)を使用して永久死体を造りますが、古い方法では「葬儀社と同じエンバーミング装置」を使用して2日間以上かけて36~48ℓの固定液をシングルパスで入れています。(臨床検査技師もしくは解剖技師が行う)

  • その意味で、「もっと遺体が欲しい」との現場の考えと反して、時間やお金、保管場所がかかる解剖遺体作製と確保のために、「解剖遺体飽和状態」となっています。
    教育や研究では「より多くの遺体が必要」ですが、ドイツの様に法律がない以上は、倫理や宗教、社会通念が上位思想であり、個人や教育機関の考えは通りません。
    そのために、篤志解剖体を希望されても、「なかなかトリアージされない」のが現状となりました。
    ちなみに、どの機関でも1年に1度以上は「慰霊祭」を行っています。

  • 探偵T様、
    >「葬儀はまかせる。
    これで通るのが理想ですね。
    ただなかにはそう言われても困る、という子供達もいるので
    やっぱり事前のすりあわせをしておくのか無難なのかもしれません。

  • 小泉様、
    そうですね最近は自分の葬儀のことを相談にくる方も増えましたね。
    これはいいことだと思います。
    あとは子供世代にちゃんと伝えておくことですね。

  • prof様、
    そうなんですよね、
    先日事前相談にいらっしゃった方が
    「自分が死んだら献体しようと思ってたんだけど
    断られちゃったんだよ」
    と苦笑されてました。

  • 献体された遺体が正常解剖(系統解剖)され、火葬場に運ばれます。
    葬儀従事者であれば火葬炉は値段によりランク(松竹梅の様な)あるのを知っていると思いますが、献体された遺体は火葬場の「火葬炉以外の炉」で焼却(正確には火葬ではない)されます。
    我々も心苦しいのですが。

  • 臨海斎場は「火葬炉しかないので、献体火葬」です。
    実は法令がなく、自治体や火葬場毎に異なるのが現状です。

    某自治体火葬場では「骨があれば火葬、骨がなければ焼却」です。(条例では胞衣条例が近いのですが、近年は胞衣条例廃止が見られ、区分では廃掃法対応とも考えられますが、人道的見地から難しい部分があります)

  • コメントを残す

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください