自分のお葬式を託して逝った人へ

20年以上にわたり1,000件以上のお葬式の担当をやってきたが、それぞれのお葬式の何らかのシーンは思い出すことができる。

「忘れたりしないの?」

と聞かれることがあるが、あれだけがんばった担当を忘れてしまうってことは、担当しなかったことに等しいので、
そんなもったいないことはしない。

担当したお葬式の印象的なエピソードをまとめておいて、定期的に見直すことで、記憶が薄れるのを防いでいる。

でもそんなことをしなくても、時折自然と思い出してしまう葬儀もある。

自殺であったり、家族がもめていたり、著名人であったり
大体が、とても大変で、それゆえに無事終えたときの安心感というか、達成感の大きかった葬儀だ。

そんな葬儀の中で、今回は、事前に自分の葬儀を託して逝った人達の話をしたい。

終活という言葉が浸透するにつれ、自分で自分の葬儀の事前相談をする人は、最近すこしずつ増えている。
だが託して実際に亡くなった人というのはまだ少ない。

私の場合、両手で数えられるくらいだが、葬儀屋さんの中では多い方だと思う。

連絡を取り合って、何度も会って、遺影写真のデータも預かって(場合によっては自分が撮ることもある)、棺に入れる花の色も決める。
一通り決定すると

「安心した。その時はお願いね」

食事に行ったり、年賀状を送ったりもらったりという関係が続いた後
ある日突然訃報を受け取る。

正直重い。

重いので、スタッフを選ぶ仕事だと思う。事前相談の段階からできるだけ自分が引き受けるようにしている。

どんな葬儀であれ、失敗は許されないのでいつも緊張するのだが、このときの担当は輪をかけて緊張する。

相談する人の中には身寄りがいない、いわゆる「おひとりさま」も多いので、葬儀は行わず、火葬のみで済ますケースも多い。

一見難しい業務ではないのだが、それでも緊張する。
何度も事前確認をする私を見て同僚は不思議そうに言う。

「失敗しても、文句言う人いないのに?」

分かっていない。

失敗しても、もう謝る人はいないから緊張するのだ。
遺族がいれば遺族に謝ることができる。
だが、おひとりさまだった場合、もう謝る人はいない。

だからデビューしたばかりの新人のように、緊張している。

ミス無く終えたとしても、
「もっと、こうしたら良かったのでは?」
と自問自答する。

こういうことを繰り返して、私はキャリアを終えるのだろう。

幸せだと思う。




3件のコメント

千葉の葬儀社です。
つい先日、二十五年来の友人に一年前から託されて葬儀を執り行いましたが、きついですね。

おつかれさまです。
こんなに大切な記事にまで、小さなお葬式のリスティング広告がでる(泣)

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