ある休みの日、自宅に帰るとポストにレターパックが投函されていた。
送り主は聞いたことのない司法書士事務所。
開けてみると、遺言書のコピーと数枚の書類が入っていた。
遺言書のざっくりした内容は「Aさんが私に遺産のうち約800万円を相続させる」という内容だった。
一瞬意味がわからず混乱したが、Aさんが誰だったか思い出したことによって徐々に状況が把握できるようになった。
Aさんは9ヶ月前に亡くなったおばあちゃんで、葬儀屋である私が葬儀を執り行った。
亡くなる数年前から自分のお葬式の内容を決めておきたいということで、何度か自宅を訪問したことがある。
「この部屋のこのタンスの一番下に、棺に入れて欲しい服を入れてある」というようなレベルの打ち合わせまでした。
それでもこの状況にピンと来ない。
書面の指示通り、司法書士事務所に電話をした。
電話に出た担当の司法書士は、宝くじの当選者に話しかけるように、「おめでとうございます」と言いかねない口調で、「はい、Aさんの生前のご希望で、我々が遺言書を作成しました」と言った。
「いえ、これは受け取れません」と私が言うと、一瞬黙り込んだ。
状況は理解できたのでまたかけ直しますと言って、今度はAさんの娘さんで葬式の時に喪主だったBさんに電話をした。
ちなみに遺言書にはBさんの名前も書かれていたが、相続額は本来の相続額の半分、つまり遺留分しか相続できないことになっていて、私の相続額よりも少なかった。
あの、これこれこういう内容の遺言書が送られてきてびっくりしてるんですけど、とBさんに言うと、
落ち着いた声で「そうなのよ」と言った。
「ご存知だった?」
「ええ」
「あの、私これ受け取れないです。受け取る資格がない。この遺言の内容を知ったのはいつですか?」
「母が亡くなった翌日。遺品や書類を探してたら、その遺言書のコピーが出てきて。とてもショックだった。」
お葬式の状況を思い出した。
お葬式の最中、Bさんのよそよそしい態度が印象的だった。多分私のことを、母に取り入って遺産を横取りした奴、と思っていたのだろう。
冷や汗が出てきた。
「いや、あの時おっしゃっていただければ・・・」
「だって、いざそうなったらなかなか言えないものよ」
「それにしても来月相続するかしないかの回答期限ですよね。なんでこんな直前になって司法書士事務所が送ってきたんでしょうか。」
「最初のコンタクトの後、ずっと司法書士事務所から連絡がないんで、しびれを切らして先日連絡したのよ。」
「てことは忘れていた?」
「多分。」
Aさんとの関係はとても良好だった。趣味の話を良く聞いた。毎年暑中見舞いが送られてきた。遺品をもらってくれないかという話もいただいたが、丁重にお断りした。
たくさんの他愛のない会話の中で、子供たちが優しくしてくれるのは遺産が目当てかもしれないという愚痴を聞いたことがある。ずっと頭はしっかりしていらしたが、(もちろんそうでなければ司法書士との遺言書作成が成立しないだろうが)過剰に疑心暗鬼になっていたのだと思う。
そのため、こんな遺言書を作ったのだろう。
私に好感を持ってくれたことはとてもうれしいのだが、判断を間違えている。Bさんが守銭奴なら、葬式の時に私に食ってかかって修羅場になっていただろう。そうはならずに、ただひたすらショックを受けて落ち込んでいたというのが、Bさんの本当の姿だ。
遺言書を落ち着いて見直すと、最後に付言事項として私の名前と「厚く感謝申し上げます。ありがとうございました。」という文言がつづられていた。
多分その時の私は、困った顔で微笑むという難易度の高い表情をしていたと思う。
再度司法書士事務所に電話をして、相続は正式に辞退すると伝えた。情報が漏れた時に、後で周囲に疑われたくないので、辞退したことを証明する書類を何か発行してくれとお願いした。会話の中で担当者は、本当にいいのかと2回聞いた。
1つ気になっていたのは、遺言書には外部の受取人としてもう1人、大手墓石会社の社長の名前が書いてあったことだ。私と同じく約800万円を受け取ることになっていた。この社長と面識はないが、その墓石会社のことはよく知っている。
Aさんとの生前の雑談の中で、その墓石会社からお墓を購入したと聞いたことがある。
多分「お世話になったから」程度の理由で、私と同じく相続人にしたのだろう。
普通の神経なら、遺族を差し置いて遺産を受け取りはしないだろうと思ったが、普通の神経じゃない奴が多いのが葬儀業界だ。そのため引っかかりはあったが、辞退しろと私から言う権利はない。
1ヶ月後、Bさんから連絡があった。墓石会社の社長は相続したらしい。
悔しい、とBさんは電話口で絞り出すように言った。
電話を切って1分ほど考えた後、その墓石会社の電話番号を調べて電話をした。
「社長と話したい。Aさんの件と伝えてください」と言ってしばらくすると社長が電話に出た。
「Aさんの相続の件です。お分かりですよね、遺言書に名前があった○○です。
私の職業倫理では相続するのはありえないんですが、どういうお考えであったか教えていただけませんか?」
「あなたに言わなきゃいけない義務なんてあるんですか」と不機嫌そうに怒りを抑えた口調で答えた。
「ないですよ。でも私が相続降りたおかげで、あなたの取り分がかなり増えてますよね。話してくれてもいいんじゃないですか?それに何か事情があるのかもしれないと思って」
「弁護士に確認を取った。何も問題ないはずだが」
「それはそうでしょう、別に私は違法行為だなんて言ってない。遺族を差し置いて金をもらうことに抵抗はなかったかと聞いてるんですよ」
返事はない。
予想通り、事情は何もなかった。「金が欲しい」を事情と言えるならまた別だが。
クソ野郎と言いたかったが、そこは大人なので
「あなたのような人間が、同じ業界にいると思うと非常に残念です」とだけ言った。
「それはどうもありがとうございます」と吐き捨てるように言って電話は切られた。
Bさんに電話をして、さきほどの社長とのやりとりを伝えた。
数日後、デパートの高級菓子が届いた。
電話を入れると、Bさんは何度も御礼を言った。
「私、相続を辞退すると言っただけで別に何もしてないんですよ」と話したのを覚えている。
誤解があるといけないので断っておくが、私は別に倫理観の高い人間ではない。どちらかというとクソ野郎寄りかもしれない。私を知る友人たちもおそらく同意してくれるだろう。
ただサンレーの社長が圧力をかけてきたときに退職を選んだ際もそうだったが、いざというときに自分の正しさを貫けたことは、良かった。死ぬ間際、自分の人生を振り返った時に、再度そう思うだろう。
自分は正しい行いをするはず、と日頃思っている人間は多い。
しかしそう思うことと、実際に行うことの間にはとても大きな隔たりがある。
たとえば今回のように大金を目の前にした時に、転んでしまう人間の話はよく聞く。
そして今回、自分がどちら側の人間かを確認する機会を得ることができたのは、幸運だった。
さて、業界内の人間は、墓石会社の社長が誰か知りたがっているかもしれない。
彼が死んだら公表しようかなと思っている。
一生おびえながら私より長生きするがいい。















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