お経はバズワードである

バズワード(buzzword )とは、
意味はよく分からないがその分相手に凄そう、と思わせる言葉
です。

私はお客様には絶対に使いませんが、社内の会議では連発してます。
「この顧客セグメントのウォンツを考えると、ウインウインにならないよねー」
中身のない発言をしていることを見透かされたくないので(^^;)

で、最近こんな本を読みました。
「意味不明でありがたいのか」――お経は日本語で

お経を和訳して葬儀で読むという活動をされている
僧侶が書かれた本です。

この著者の主張には
「王様って裸だよ」
叫ぶがごとき爽快感があります。

私はこの本を読んでまさに
現代の日本のお経はバズワードなのでは、
と思ったのです。

教会の牧師さんがヘブライ語で聖書の解説を始めたら
「分かんないから日本語で言って」
という話になりますよね。

お経が何にも言われないのは、
我々が生まれたときからそうだったから
に過ぎないと思うのです。

昔ソニーの広告で妊婦さんが写っていて
その下に「今始めたらこれから生まれてくる子はそれが普通だと思うだろう」
うろ覚えですけどこんなキャッチコピーがありました。

お経もこれと同じ事なのではないでしょうか。
寺
このままいくと今後寺院は、葬儀屋以上に急速に淘汰されます。

良く言われることですが
コンビニは全国で4万店であるのに対し寺院数は7万7千です。
(文化庁宗教年鑑のデータです。
ちなみにここのデータの全宗教団体の登録信者数は2億人で
日本の人口より多いのですが(^^;)
まあ伝統仏教系寺院の数はそれほど間違ってはいないだろうと思います)

日本全国の死亡者119万人のうち、読経を必要としている人を90万人とすると
90万人÷7万7千寺院<12件
となり一寺院あたり平均一月に1件の葬儀もまわってこない計算になります。

葬式仏教界?は需要と供給のバランスが完全に崩れています

おそらく今後かなりの寺院が淘汰されるでしょう。
そう願っているのではありません。
そうでなければ、計算が合わない、という話です。

高額な御布施の反論として
「我々は寺の建物や檀家制度を維持しないといけない、我々も大変なのだ。
だから高額な御布施も理解してくれ」
と言う僧侶がいます。

しかし
「コンビニの店舗を維持しないといけない。
私も大変なのだ。
だから弁当を買え!」
というコンビニ店長はいません。

宗教は資本主義という世俗とは関係ない
という詭弁(きべん)を都合良く弄(ろう)してはいけません。

僧侶は消費者に選ばれる努力を!
その第一歩として伝わるお経を!

(これ仏教界へのエールですから。念のため)

追記:あとこんな本も出てます。