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終活の現場から その3




「遺影写真を撮ってくれんかね?」

ある日Kさんからそんな電話を受け取った。
Kさんはその当時80歳だったが、定期的にプールに通うような
健康なおじいちゃんだ。
お子さんはいない。
3年前に奥様が亡くなられたのを機に、
自分の葬儀のことを考えておきたいと連絡をいただいてからの付き合いになる。
御自宅に伺うのはおそらく8回目くらい。
会社から歩いて行ける距離なので、他のお客様に比べて、
他愛のない話をする機会を持つことができる。

3回目の訪問の時から「友人として相談にのって欲しい」とおっしゃるようになった。
そして今回の撮影依頼。

Kさんは彫刻家なので、いろんな彫刻と賞状に囲まれた中での撮影会となった。
Kさんは決して怖い人ではない。しかしあまり表情の変化が無い。
何十枚かシャッターを押したところで、
スーツ姿の写真を撮りたいと言い出された。

「すまんが、君にネクタイを結んでもらえないかな。慣れてなくて」

「ええ」と言ったものの、自分のネクタイを結ぶのは慣れているが、
人のネクタイを結ぶのは難しい。
厳格な人柄を感じさせるKさんのイメージで、ネクタイの結び目はハーフウィンザーできっちり正三角形にして
中央にまっすぐディンプル(くぼみ)を入れようとして、3度目にしてやっと満足できる形を作ることに成功した。

「いかがですか」

「うん、ありがとう」

「お似合いですよ」

鏡からこちらに向き直ったKさんにそう声をかけるとニコッと笑ったので反射的にシャッターを押した。

最終的にその写真を私もKさんも気に入り
将来遺影として使うことにした。

残念ながらその機会は意外と早くやってきた。
自分の撮った写真が祭壇に飾られていると
否応なくこれまでのKさんとのやりとりを思い出させる。
なんとか火葬が無事終わり、
会食の時間にKさんの友人に話しかけられた。

「この写真彼が用意したの?」
「実は私が撮って差し上げたんです。
このネクタイ結んだのも私なんですよ。ネクタイ結ぶの慣れてないからって」
「え、だって彼、○○の役員だったんだよ」
「・・・でも、あの彫刻は?」
「あれ趣味だよ。退職してからはあればっかりだったけど」

葬儀の司会をする前に知ることにならなくて本当に良かったと思う。
花3

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今回はここまで。

人それぞれいろんなケースがあると思うので

これらのエピソードで終活反対派の人を説得できるとは思わないけれど
こういう実態もあるということを知ってもらえればと思う。