今回ご紹介するのはこの本。
日本宗教史
日本宗教史 (岩波新書) 末木 文美士 岩波書店 2006-04-20
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<アマゾンより>
『記・紀』にみる神々の記述には仏教が影を落とし、中世には神仏習合から独特な神話が生まれる。近世におけるキリスト教との出会い、国家と個の葛藤する近代を経て、現代新宗教の出現に至るまでを、精神の“古層”が形成され、「発見」されるダイナミックな過程としてとらえ、世俗倫理、権力との関係をも視野に入れた、大胆な通史の試み。
著者は東大の教授で仏教研究の大家。
丸山真男の提唱した「古層」という考え方をベースに日本の宗教史をひもといています。
私が面白いと感じた論点を以下の3つにまとめてみました。
○廃仏毀釈の理由
日本史の教科書で廃仏毀釈を知った時は
ちょっと意外な気がしました。
それ以来温厚な日本人がなんでまたそんなことをしたのか
っていうのがずっと引っかかっていたんですね。
明治政府は国家神道政策を推し進めましたが、
仏像壊せとは命令していないわけですし。
この本によると
寺請制度が始まる前から、既に仏教は堕落しておりそれを苦々しく思う人は結構いたみたいです。
あの水戸光圀は既に廃仏毀釈的な政策を行い、身内の葬儀は儒教スタイルでやったとのこと。
岡山藩は寺請制度を止めさせて、神主に住民管理をやらせたらしいです。
結局これらの動きは、表面的には江戸幕府の寺請制度の推進で衰退化したわけですが
一部の人の心の奥底には反仏教思想が生き続けていたわけですな。
それが尊皇攘夷思想や国家神道と結びついたときに暴発して
廃仏毀釈が起こったと。
さてここで
江戸初期に神道儒教サイドの反仏教運動がなぜ根付かなかったのかというのが
次の論点
○葬式の必要性
江戸初期の反仏教運動が失敗に終わった理由として
(逆に言うと寺請制度がうまくいった理由として)
著者は神道と儒教には葬儀の様式が無かったので大衆受けがよくなかった
ことを理由に挙げています。
やっぱり大衆にとっては「死」とどう向き合うかという問題が大きかったのです。
神道はいまでもあの世に関する言及が少ないわけですが
黄泉の国という考え方から神葬祭のスタイルの確立という最低限の宗教理論武装が行われるには
本居宣長を以てしてもダメで
平田篤胤の登場を待たねばなりません。
葬式仏教というと、日本の仏教の堕落形態のように思われがちであるが、じつは葬式を担当できるかどうかが、宗教として定着できるかどうかを決める決定的な要因となっていることに注意する必要がある
葬式仏教肯定派の私にとってはこの考え方はしっくりきます。
○「宗教」の概念
以前
江戸時代以前の日本人はみんな無宗教だった、という話
と言う記事を書きましたが、補足情報がこの本に載っていました。
国家神道政策も実は順調ではなかったらしく、
島地黙雷や明六社メンバーの反対運動が起こり
最終的に明治憲法で信教の自由が保証されることになります。
初めて「宗教」という言葉が作られたらしいのです。
この流れからすると
英語のreligionが極めて一神教的「宗教」という意味を持っている一方で
日本の religionは反神道≒反アミニズム的≒反(日本の)土着宗教的、な意味を
暗黙のうちに持ってしまったのではないか、
そのため多くの日本人は土着的宗教観(生活に根付いた宗教観)を「宗教」として意識しないのではないか
というふうに私は考えるのですが。
日本の宗教の流れを思想史的アプローチから理解したい方には
お勧めの本です。
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