葬儀業界の戦後史




今回紹介するのはこの本。

「葬儀業界の戦後史」

文字通り戦後の葬儀業界について社会学者が葬儀社へのフィールドワーク(実地調査)を交えて書いた本です。

業界の中の人にこそ読んで欲しいのですが、ほとんど読まないでしょうね(^^;)
葬儀屋になって読んだ本は「葬儀概論」(葬儀屋さんの教科書)だけっていう人も多いのでね。

というわけで、私が葬儀業界の「読者代表」(って何だそれ)として読んでみました。

歴史学や宗教史の一分野としての葬儀史に関する本は、もう食傷気味にたくさんあるのですが
戦後の葬儀業界をターゲットにしている本は少なくて、ぱっと思いつくのは
こちらとか

その意味でも貴重ですね。

しかし自分たち葬儀屋さんがフィールドワークの対象になったという構造に立ってみると
学者さんの論文を書く作業というのは大変だなと思います。
私なんか、「こう思う」で終わらせてしまうことを、膨大な文献と引用を繰り返して論理を構築していかなければならないわけで。
私もある程度やることがあるけど、しょうがないからイヤイヤやっているレベルなので。

当然文章は硬質で、中立的に書き進められていくわけですが
葬儀業者に対するリスペクト(敬意)がある点をもっとも評価したいです。
別に葬儀社に肩入れしているわけではなく、好きと言っているわけでもないのですが、
リスペクトがなきゃ葬儀業者をテーマにここまでの分量の文章は書けないでしょう。
リスペクトがあるから足も使って調査する、と。

そこが島田裕巳と違うところ。

昭和の葬儀屋を知っている世代としては、葬儀屋のような野蛮人をちゃんとアカデミズムのフィルター通して分析したというのは
未開人と思われていた人々をちゃんと研究対象として扱ったレヴィ・ストロースを彷彿とさせます(^^;)


この本のテーマの一つは、遺族相手に商品を売る罪悪感もしくは葛藤に対して葬儀屋はどう折り合いをつけてきたか、ということです。

私にはこの葛藤はほとんどありません。
いや、なりたてのころはあったかもしれないかな。
しかしリピーター(以前お葬式の担当をした喪家から再度指名を受けること)からの依頼がコンスタントに続いたことで、葬祭サービスを提供する自分自身が評価されていることがわかり始めた時点で、この葛藤は薄れていきました。
もちろん遺族の期待に答えられるだけの、終わりのない最大限のレベルアップを続けていかなければないというプレッシャーも芽生えていったのですが。
だからむしろ最大限の賛辞で御礼を言われることの方に、葛藤がありましたね。

あと最近はブラック化した葬儀屋さんも増えてきました。
マクドナルドレベルの時給でハードなことをやらされている人もいます。
不当に高い商品を売りつけているという感覚は、最近葬儀業界に入った人には、今やもうないんじゃなかろうか。
こう考えてみるとかつてのぼったくり時代の葬儀業界に、普通の感性をもった人が紛れ込んだときの悲劇というのはあったのだろうなと思います。

さて、こちらの本、
葬儀業界を扱ってくれてありがとうという私の感謝を込めて
おすすめします。

私が勧めても葬儀業界の人は絶対に読まないと思いますが(^^;)

 











2 件のコメント

  • この本は今春に本屋に並んで直ぐに、立ち読み

    10分ほど読みましたが、
    「社会系の学者はこう考えるのか」というのが感想です
    私と視点が異なり、データの取り方も全く違うと思いました

    民俗学の学者も葬儀に対する考え方が特殊であり、現在の商業葬儀はどう捉えるのと感じていました

    この手の研究は、互助会組織が助成金や資金援助をしてくれるので内容も編重が感じられる場合があります

    日本では私の様な実務研究は助成対象ではないので、日本では論文が育ちません

    日本は職業専門大学や実務教育大学がないので、仕方がありません
    公務員対象の大学校はありますが
    (税務大学校、航空保安大学校、警察大学校、海上保安大学校、航空大学校、防衛大学校等)

    工学士が銀行員や証券員、旅行会社など
    大学教育の意味や意義を感じられません
    なんでも良いから大学を出ればとの日本的な思想であり、業界のスキルは上がらず、真に優秀な人材が育ちません

    日本でも、来年からは職業専門大学が始まりますが、これらも医療や福祉等の国家資格職なので、まだまだ
    日本は葬儀に関しての資格が無い国なので、職業専門大学や実務教育大学の必要性は低いのですが、スキルに関しては必要

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