愛宕邦康氏の論文が私のブログ記事と似ている件

 

仏教研究者 愛宕邦康氏の論文が私のブログ記事と似ているという話です。

愛宕邦康(あたご くにやす)氏について

愛宕邦康氏は、論文の中で「筆者は仏教学を研究している他、僧侶であり、葬儀業界に従事した経験も有している」と経歴を語られています。以下、Amazonの著作ページに掲載されている経歴も載せておきます。
Amazon著者ページより
1966年鳥取県に生まれる。1996年愛知学院大学大学院博士課程(宗教学)満期退学、2002年大阪大学大学院博士課程(文化形態論)修了。大阪大学博士(文学)。 主要論文に「『遊心安楽道』の撰述者に関する一考察―東大寺華厳僧智憬との思想的関連に着目して―」(『南都仏教』70号、1994年)、「『華厳宗祖師絵伝』「元暁絵」の制作意図に関する一試論」(『印度学仏教学研究』45巻、1996年)、「『死霊解脱物語聞書』刊行の背景」(『南都仏教』83号、2003年)等がある。

論文の内容について

 

愛宕邦康氏の論文

今回取り上げる氏の論文は2本です。

こちらのリンク先で閲覧可能です。(以下論文Bと呼ぶ)

論文Bは、論文Aの後に発表されており、全く同じ文言があることからも分かる通り論文Aのダイジェスト版のような内容です。

論文Aの要旨をまとめると以下の通りです。

  1. 島田裕巳の著書「葬式は、要らない」で提示された葬儀費用の数値は疑わしい。
  2. 互助会サンライフが発表した海外の葬儀費用と、日本消費者協会アンケートの国内の葬儀費用を混在させている。
  3. それぞれ発表されたのは全く別の時期だった。
  4. そもそもサンライフの数値は信憑性が低い。
  5. 日本消費者協会のアンケートはサンプル数が少ない。
  6. 喪主ではなく「身内に葬儀経験のあった人々」にアンケートをとっているのは問題。
  7. 「葬儀費用」の定義が明確ではない
  8. 火葬のみの人はお布施が0円になるはずなのに、集計されていないということは無回答にふくまれているのではないか。

私のブログ記事

さて、私が過去に書いた3本の記事をお読みください。

マスコミが報道する葬儀費用のウソ(日本消費者協会編)

島田裕巳「葬式は、要らない」の誤りを指摘する

島田裕巳「葬式は、要らない」の情報操作を指摘する

いかがでしょうか?

要旨の7・8以外は同じことを言っているように思えます。

発表の時系列

以下、発表の時系列を示します。

2009年 私の記事「マスコミが報道する葬儀費用のウソ(日本消費者協会編)」リリース
2010年 島田裕巳の著書「葬式は、要らない」出版
2010年 私の記事「島田裕巳「葬式は、要らない」の誤りを指摘する」リリース
2010年 私の記事「島田裕巳「葬式は、要らない」の情報操作を指摘する」リリース
2014年 愛宕邦康氏の論文Aリリース
2015年 愛宕邦康氏の論文Bリリース

ブログ記事冒頭の投稿日時を確認してもらえば分かりますが、私の記事のリリースの方が早いです。
ブログ表記上の投稿日は偽造できますが、ワードプレスのリビジョンが残っていますし、これらの記事は、日本消費者協会がアンケートを行うたびに引用してきたので、このブログの読者の方ならよくご存知でしょう。

そして過去何度か盗作されています。

私の記事を盗作した福祉葬祭代表取締役 武笠文吉氏へ – 考える葬儀屋さんのブログ

新家葬祭の盗作疑惑について – 考える葬儀屋さんのブログ

結論

さて、愛宕邦康氏は私の記事を盗作、もしくは参考にしたのでしょうか。
おそらくしていないだろう、というのが私の結論です。

基本的なロジックはほぼ同じであっても、葬儀屋の私が業務の片手間に綴ったブログと異なり、愛宕氏の記事はデータを深堀りして、ちゃんと論文の体をなしています。私が先に着眼したポイントも、常識とデータの原本を取り寄せる少しの熱意(酔狂?)があれば、誰でも気づくことです。
また前述したように、私は盗作行為をブログネタとして取り上げています。わざわざそんな面倒な奴の文章を盗作するというリスキーなことは、著作権すら理解できないバカ葬儀屋ならいざしらず、博士号持ちはやらないでしょう。

ただ論文を執筆されていたであろう当時「日本消費者協会 葬儀費用」でネット検索すると検索結果のベスト3に私の記事は入っていたはずなので、そういう調べ物はされないんだなと。
他人と被ることは書きたくないので、私は調べます。

最後に、盗作されたと思っていないのになぜ今回取り上げたかというと、
たまたま両者の文章を読んだ人がいた場合、私が盗作したと思われかねないからです。
一応事実関係を表明しておくべきと考えました。