2030年の葬祭業はこうなる




この本を読んで10年後の葬祭業について考えてみました。
「縮小ニッポンの衝撃」

日本の将来に救いはあるのか

少子高齢化が極端に進む日本の未来をさぐるため、
一足先に超高齢化に突入した自治体をNHKスペシャルの取材班が取材した本です。

2025年に団塊の世代が75 歳となり、その人口2200万人。
日本人の5人に1人が後期高齢者となります。
それはさらなる労働人口の減少と社会保障費の負担増加を意味します。
そこでNHKスペシャル取材班は、何か打開策の糸口がつかめないかといろいろ調査するのですが・・・

すでに破綻した自治体である夕張市は、世代別人口比において、まさに2025年の日本を先取りした状態です。
夕張市の方には大変申し訳ないのですが、本の中で「撤退戦」という言葉が使われているように、自治体としてもう終わっています。
法人ならつぶして終わりですが、自治体はそういうわけにはいかないので、仕方なく延命しているという状態です。

ネタバレになりますが、NHKスペシャルの取材班の結論は
「日本の将来に対する処方箋はない」
です。
全く救いのない結論です。

私の解決策

ただ私は全く策がないわけではないと思いました。

・税収で公的インフラがまかなえない地域の住民を30万人規模以上の都市に集め、コンパクトシティ化し、運営コストを下げる。
・現在の社会保障制度は、平均寿命が70才だった時代にできたもので、定年後の10年を保証できればよい、という前提に立っていた。
基本政策に立ち返り10年間年金を支給した後は打ち切る。医療保険の負担比率も年齢にかかわらず一律。
・安楽死を認める。
・痴呆が進行した場合は強制的に安楽死
・浮いた税金を育児・教育インフラに投入
・以上のことを行うために憲法から生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)を削除

ちゃんと試算をしたわけではありませんが、国家予算・社会保障費・老人人口・生産年齢人口の数字合わせを無理矢理行うとこうするしかないはず・・・

もちろんこんな話が通るはずがありません。
団塊世代の社会保障の享受とともに、日本は衰退するというのが現在の民意です。

こうなったらパラダイム(ものの考え方)を変えてみましょう。
人間は生まれたときに見た世界がずっと前から存在したと考えがちです。
しかし現在の日本は戦後6,000万人程度だった人口が、経済成長や医療技術の発達で70年掛けて倍になって、ピークアウトして元の状態に戻っているだけ、とも言えます。
戦争直後の状態まで落ち込んだら、また貧しい日本を再興しようということで海外へ出て行く若者もたくさんでてくるのではないでしょうか。

葬儀業界の将来

というわけで日本の将来は私にはどうしようもないので、あきらめることにして(T_T)
葬儀業界の将来を考えてみましょう。

この本の最終章では横須賀市の無縁仏をレポートしています。
孤独死した老人を直葬するための費用が増加し、引き取り手のいない遺骨がどんどんたまっていっている状態です。
公的サービスを理由に特定の宗教儀式を行うことができないため、お経をあげてもらうことはできません。
無縁「仏」にすらなれないのは気の毒ということで、担当の市職員が自腹で、納骨先を探すという状況には胸が痛みます。

以前
横須賀市が導入した葬儀生前契約はうまくいくのか | 考える葬儀屋さんのブログ
という記事を書いて、横須賀市の葬儀生前契約に対して疑問を呈しました。
この本を読んだ後なら、なぜ葬儀生前契約を行おうとしているのかが理解できます。
行政の現場はかなりの危機感を持っており、うまくいくいかないにかかわらず、試せる方法を試しているのでしょう。
でもこの試みは私の記事の中で書いたとおりうまくいかないと思います。

今後都市部ですらどんどん横須賀市化していくでしょう。
この本によると豊島区ですら消滅可能性地域に入っているとのこと。

というわけで私の予想する2030~2040年の葬儀業界はこんな感じ

葬祭業の将来を考えてみた | という以前自分が書いたから引用・加筆

→独居老人の孤独死の遺体処置+直葬の仕事の需要が増加。
→葬祭扶助申請数も増加し財政を圧迫。
→葬祭業の最低賃金は介護職員のそれを下回る。葬儀業界の慢性的人手不足。
→葬祭業の過労死認定増加。
→労働力不足で夜勤廃止の葬儀社が増加。
→直葬に限り ソーシャルワーカーの職務に葬祭業務も付加される。
0葬が導入され都内火葬場で遺骨の全引取が可能に
→韓国のように葬儀式場併設病院が日本国内で増加。
→生活保護受給者が死亡したときのための火葬場併設病院建設を、
住民の反対を押し切って強制執行できる法案が可決

寺院が3割消滅、3割の墓が放置される。
日本人の約5割は直葬(=火葬のみ、現在都市部で約3割)に。
そして葬儀は、別荘やフルオーダースーツと同じく、金持ちの趣味となる。
文化的慣習は不可逆的なので、死亡人口がビークアウトする2040年を越えても、葬儀の習慣が2000年のスタイルに戻ることはなかった・・・

こんな感じです。
確かに救いはありません。
でも需要がゼロにならないだけ、他の産業の救いの無さに比べれば、まだマシのような気もします。

人の死も国の死もそれを迎える直前まで、人は考えようとしません。
どうすることもできないなら、その時が来るまで目を背けておくことも知恵なのかもしれません。

 











5 件のコメント

  • ・痴呆が進行した場合は強制的に安楽死
    ・以上のことを行うために憲法から生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)を削除

    ↑ ここ粗すぎ!
    思っていてもブログに書くのは残念でなりません。
    同業者としては悲しいです。

    であれば、自衛隊をなくしてコスタリカみたいな国にするとか書いてくれた方が
    いいのではないかのと思いました…。

  • ・痴呆が進行した場合は強制的に安楽死
    ・以上のことを行うために憲法から生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)を削除

    ここすごい雑。残念でなりません。
    もう少し言葉選びを考えた方がいいと思います。
    同業として悲しいです。

    防衛費削除でコスタリカのように浮いた税金を育児・教育インフラに投入
    とでも書いてくれたほうが良かったかな。。。

    • 神呪 様
      私の表現で不愉快させてしまったことをお詫び申し上げます。
      「生存権削除」を最後にもってくる文脈で(その前後の文章と併せて)そんなことは「有り得ない」ことを伝えるという文意です。
      問題提起としてあえてきつい表現を選びました。
      もちろん私はこんな状況を望んでいるわけではありませんし、なんとか回避すべきと考えています。
      それはほとんど全ての人がそうでしょう。
      痴呆問題に関して言えば、2025年に認知症患者は700万人に達すると言われています。
      https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/022700044/031500002/
      この現実は現実としてして受け止めてなんとかしなければなりません。
      繰り返しになりますが、安楽死を行うことが良いなどと私は全く考えていません。
       

  • コンパクトシティはとても良い方法だと思うのですが、なかなか上手くいっていないようですね。
    官公主導に課題が多い気がします。
    澁澤栄一翁のように官出身でありながら、事業から社会活動まで幅広く活躍できる人物の再来を待たねばならないのでしょうか。

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