感動葬儀屋の危うさ

先日葬儀で感動するな!という文章を書きました。

「感動葬儀」を掲げていることで有名なのは都内を拠点とする某社でしょう。
おそらくスタッフは皆さん純粋で善良で無邪気なのだと思います。

だから残酷です。

彼らの売りは葬儀のサプライズというものです。
喪主に内緒で葬儀内であるイベントをしかけます。
例えば祭り好きの故人を見送るために
和太鼓の奏者をこっそりスタンバイさせるというように。

認知不協和の回避という言葉をご存じでしょうか。
認知不協和とは
自分が信じていたことと現実が食い違うとき精神的苦痛を感じることであり、
人はそれを回避する行動を取ろうとします。
葬儀は人生に1,2度しかない高価な買い物です。
その買い物が失敗だったと認めることは大きな苦痛を伴います。
そのためにこれはいい買い物であったと自分を信じ込ませようとする心の動きが起こる、
というものです。
(参照:お客様アンケートの評価を信じてはいけない!

お葬式で遺族はよくこの認知不協和の回避を行います。
たとえそのサプライズが的外れなものであっても、
認知不協和の回避を行おうとするので、
遺族は感動葬儀屋を批判したりはしないでしょう。
ましてや、そのサプライズが善意に基づくものであれば、
本心はどうであれ御礼を言うしかないと思います。

そのことを、彼ら感動葬儀屋はどこまで自覚しているのでしょう。

これから話すのはかつて彼らのサイトに掲載されていた「感動」事例です。

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あるご家庭の自宅で、家族だけの葬儀が行われました。
家族以外は誰も呼ばないという希望だったようです。
しかし通夜が終わったとき某社の葬儀担当者は
「実は喪主さんはご近所の方に見送ってもらいたいのではないか」
と思ったらしいのです。
だからその担当者は、お通夜が終わったときにご近所を回って頼み込み、
出棺の時にご近所の方が見送る「サプライズ」を演出しました。
喪主は「本当は近所の方に見送って欲しかった」と担当者に御礼を言ったとのこと・・・
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本当にその御礼の言葉を額面通りに受け取っていいのでしょうか?
喪主さんが心から喜んでくれたと疑わない担当者の無邪気ぶりには、恐怖を覚えます。

たしかに本当に喜んでくれた事例もたくさんあるでしょう。
かくいう私もいわゆる「演出」を行うことはよくあります。
しかしそのときは必ず、遺族の誰かに確認を取るようにしています。
もしくは担当の自分だけが分かっていて、遺族には伝わっていない演出をすることもあります。
自分の行為が善意の押しつけになることを戒めているからです。

本来は、彼ら感動葬儀屋を批判すべきではないのかもしれません。
他の葬儀屋に比べたらずっと良いスタッフをそろえているはずですから。
しかし、あえて今回は苦言を呈してみました。

追記:最近この葬儀社のサイトを見ていると以前に比べて
「感動!感動!」と言わなくなったようです。
毎回サプライズをやることに疲れたのか、
別に言わなくても集客できるようになったのか、理由は不明です。




4件のコメント

こんにちは。このようなコメントをすること自体が初めてなもので失礼がありましたら申し訳ありません。
私は現在大学4年生でご葬儀に携わる仕事をしたいと思う就職活動生です。大学でそのような学問を学んでいるわけでもないため、こちらのブログはとても分かりやすく勉強になります。ありがとうございます。
実は現在この記事で取り上げられているUF社に興味を抱いています。というのも、近年ではこれまでのしきたりにとらわれた儀式としてのお葬式が時代にそぐわなくなっているのではないかと考えているためです。そうした観点から葬祭の会社を見てきて、UF社は革新的な取り組みをしていてとても先進的であると考え、魅力を感じました。そんな中こちらのブログを拝見させていただき、サプライズで物事を行うことの危うさというものも思い、とても参考になりました。
しかしそれでもUF社の「その人なりの葬儀を」という考え方はとても良いものだと思っています。そしてメディアにも多く取り上げられていることから、世間の人々がこのようなやり方に興味と魅力を感じていると考えられます。また、インターネットでの評判でも「自分もこのような葬儀にしてほしい」などという意見が多く見られます。葬儀屋さんとしてはこのようなUFの葬儀スタイルについてどう思われますか?もしよろしければもう少しご意見いただきたいです。
拙い文章お許しください。

就職活動生 さん、コメントありがとうございます。

>こちらのブログはとても分かりやすく勉強になります。
お役に立ててうれしいです(^_^)
就職活動生 さんのような方に、
どんどんこの業界に入ってきてもらいたいと思います。

さて「葬儀スタイル」に関する質問についてですね。

結論から申し上げますと
件の葬儀社の「その人なりの葬儀を」という考え方には賛成です。
今後のニーズを考えると、必要なことだと思います。

ただ同様のスタイルの葬儀を行っている葬儀社は、
最近は珍しくなくなったと思います

となるとサッカーに例えると
(サッカーに興味なかったらごめんなさい(>_<)) オーバーヘッドキックのシュート練習は熱心にやっているけど ドリブルができない(派手で注目されるところには力を入れるが 基礎的なナレッジやスキルが抜け落ちている) という葬儀社は今後淘汰されると思いますので、 就職先として選ぶ際には注意が必要です。 (断っておきますと、件の葬儀社さんが、そうだと言っているわけではありません。 そもそも他社のことなので、継続的にその仕事ぶりを観察したことがなく、現場の話に関しては、あくまで知人から聞いた範囲でしか、私は判断できないのです。) 私が現時点で申し上げられるのはこの辺りです。 もしその他具体的な質問がございましたら 遠慮無くメールで(右上のプロフィールをクリックしてみて下さい) 質問いただければ、微力ながらアドバイスさせていただきます。 がんばって下さいね!

私も以前、葬儀サプライズに疑問を持った事があります。故人が無類の酒好きだったからと、葬儀は酒尽くしでした。最後は御遺体の口に、酒を注いでのお別れでした。葬儀屋さんは知っていらっしゃったのでしょうか?故人のアル中に故人も遺族も苦しんでいた事を。お酒がやめられず吐血して亡くなった事を。喪主に方が「あの人らしい葬儀だった」と言っていたのに、私がどうこう言える筋合いではないのですが。

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