葬儀屋さんは「使えない筋肉」を使うという話です。
使えない筋肉とは?
少し古い話になりますが、タレントの小島瑠璃子さんが筋トレ(筋力トレーニング、厳密にはウエイトトレーニングのことを指していると思われますが)で鍛えた筋肉は使えないという趣旨の発言をして、ボディビル界隈から批判を浴びるという意見がありました。
私の小島さんに対する評価は、老若男女万人に対し、最大公約数的に無難に受け入れられる能力においては天才的というものでしたので、この一報を聞いたときは彼女らしからぬ失言だなという印象を持ちました。
ちなみに自分は、今ほどウエイトトレーニングが認知されていない20数年前からずっと筋トレを行っている人間です。そして彼女のような発言を、減量すらできない人間、つまり「消費カロリー>摂取カロリー」で、痩せることができるということすら理解できない人間によく言われてきたので、もはやニッコリ笑顔で聞き流せる境地に達しています。
彼女は、アスリートの筋肉は自然につくものと思っているようですが、
そもそも競技動作だけで筋力トレーニングをしないアスリートって、今はほとんどいないでしょう。
イチローは元ボディビルダーの小山裕史が考案した初動負荷トレーニングを行なっていました。
男子憧れの肉体を持つブルース・リーは、格闘家の中で初めて科学的なウエイトトレーニングを取り入れた人物です。あのアンバランスなまでに発達した広背筋は打撃練習だけでは作れません。
スポーツでより高度なパフォーマンスを行いたいなら、筋トレは必須です。
筋肉については科学的にまだまだわかっていないところが多いのですが、それでも筋肉の出力は筋肉の断面積に比例するということはほぼ確定しています。
つまり見せかけだけの筋肉(筋肉が太いのに力が弱い)というのは存在しないのです。
太ければ太いほど筋肉は「使えます。」
使えない筋肉という誤解が蔓延する理由
ではなぜ小島さんのような、誤解が蔓延するのでしょうか。
それは、ボディビルダーのようなウエイトトレーニング好きの一部が、筋肉量の割に軽いウエイトを使用しているからかもしれれません。
その軽い重量でトレーニングを行っているマッチョを見て誤解して、「その程度の重量しか扱えないの?ウエイトトレーニングで作った筋肉は使えない筋肉ね」という人がいるのでしょう。
筋肉の発達には、筋肉に「効かせる」ことが重要だと考えられています。
若干感覚的な表現になってしまうのでウエイトトレーニングをやったことがない人に理解していただくのは難しいかもしれませんが、特定の狙った筋肉に負荷をかけて、もうこれ以上動かせないという力を出し切った状態(オールアウトと呼ばれる)にすることが重要なのです。
筋肉の発達にとって、重い物を持ち上げるのは効かせる手段の1つであって、目的ではありません。目的は筋肉のオールアウトです。
当然より重い重量を扱えば、理論上、より強く「効かせる」ことができます。
ただ重量だけを目指してしまうと、人間の体は本能的に、腱反射を使ったり反動を使ったりしてより少ない筋力でより大きな出力を出そうと、いわゆるズル(チーティング)をしてしまうのです。
もちろんスポーツ競技ではこのチーティング技術が求められるのですが、ボディビルディングでいつもチーティングをやっていると、フォームが乱れてしまったり、関節や腱を痛めてしまったり、狙った以外の部位の筋肉の使うクセがついたりして、発達がいずれ頭打ちになります。
そのため同じオールアウトの状態にできるなら、100 kg のバーベルより50㎏のバーベルでオールアウトにできる方が、トレーニング上級者なのです。
ちなみに相撲取りの豪風旭(たけかぜあきら)さんは現役時代「トレーニングマガジン 45号」のインタビューで
50㎝を越える私の腕回りを見て「200㎏くらいで鍛えているの?」と聞かれるのですが、そこで「いや、いや、60㎏だよ!」と言えるほうが私は自慢できると思っています。
と答えています。
もちろんボディビルダーからパワーリフター(重いもの持ち上げる競技者)に転向するケースもよくあるので、日頃のトレーニング次第で、ありえない重さを持ち挙げることも可能です。
そして先ほど述べた軽い重量で効かせるためには、ストリクトなフォームが求められます。
ストリクトなフォームというのは、反動をつかわないで、ゆっくりゆっくり、狙った筋肉に効かせるような動きのことです。
こうして生まれた筋肉を、小島さんは「使えない筋肉」と呼んだのです。
葬儀屋さんは「使えない筋肉」を使う
お待たせいたしました。
ここまで長々とウエイトトレーニングについて、語ってきましたが、ここからが本題です。
お葬式の現場では、このストリクトな筋肉の使い方をすべき状況が発生します。
それはご遺体を安置のために、持ち上げたり、下ろしたりする時。
寝台車のストレッチャーの上から室内の御布団へ安置したり、自宅の構造によってはお姫様だっこの状態で階段を上るときもあります。
そんなとき、反動を使わないゆっくりとしたストリクトなフォームで、故人を壊れ物のように、持ち上げる時には大切にそっと持ち上げて、お布団の上に安置する時にはゆっくりゆっくり降ろすべきなのです。
しかし筋力のない葬儀屋さんが、クリーンのように反動をつけて急にご遺体を持ち上げたり、支えきれず落とすようにドサッと体を下ろしたりするのを、たまに見かけます。対象が荷物であればそれも有りですが、ご遺体にその行為は認められません。
亡くなっているからといって故人を雑に扱う人は、葬儀屋さんに向いていません。
そう、葬儀屋さんはチーティングではなくストリクトに「使えない(と思われている)筋肉」を使うのです。
最後に、葬祭業は感情労働であり、知的労働であり、そして肉体労働でもあるのですから、葬儀屋男子(できれば女子も)には筋力トレーニングを、おすすめします。
(追記)
まさにこの動作!という動画を見つけたので貼っておきます。(開始30秒くらいから)
脊柱起立筋と広背筋とハムストリングスを使うデッドリフトという種目です。現場ではもう少ししゃがんで足を使うので、だいたい70㎏が挙げられれば実務上OKです。
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