「宗教問題 27:葬儀社大倒産時代」の対談が残念だった件




今回紹介するのはこの本

宗教問題 27:葬儀社大倒産時代

以前攻めている雑誌として月間住職を紹介しましたが、
(「月刊住職」がおもしろすぎる | 考える葬儀屋さんのブログ)
こちらも攻めている雑誌です。
業界内ゴシップ誌的な印象を持たれるかもしれませんが、それだけではなく連載では世界中の、政治と宗教のデリケートな問題を扱っているので、雑誌名に偽りなしです。

今回この号を購入したのは、テーマが「葬儀社大倒産時代」だったから。
執筆陣の選択は適切で、書かれている内容も同意できるものです。

その中でも特に楽しみにしていたのは
「対談 佐藤信顕vs八田知巳 老舗の目とITの先駆者が語る「これからの葬儀社」の生き残り方」
前回の記事(「遺体と火葬のほんとうの話」はおすすめ)で紹介した葬儀系YouTuberの佐藤氏と葬儀ブローカー「小さなお葬式」の役員八田氏との対談です。

私と小さなお葬式の間には因縁があります。(参考記事:「小さなお葬式」のあの事件を振り返る | 考える葬儀屋さんのブログ
これまで小さなお葬式の不当広告に関しても度々指摘してきました。
今回の「宗教問題」には葬儀ブローカー批判の記事が多数掲載されていたので、この対談にはいやがうえにも期待が高まります。

しかし・・・残念ながら肩すかしでした。
昔週刊誌に載っていた横山やすしと小室直樹の対談みたいに「ボケェ」といいながら席を立つ展開だったらおもしろかったのですが(笑)

一読すると佐藤氏が、イケメンでコミュ力高い八田氏に手玉に取られている印象です。読んでいる間、心の中で「え、そこはもっと突っ込まないと!」という突っ込みを入れる状態。
詳しくは書籍を手にとっていただきたいのですが、一部を引用します。

佐藤:一般の人に、お葬式とはどういうものなのか、それをきちんと伝えていきたいという熱意が見えたんで、協力していました。こういう「老舗葬儀社vs新興ネット葬儀社」みたいな感じの対談企画になると、誤解する読者の方もいるかもしれないんですけど、たぶん会社の基本姿勢はあんまり変わらないんじゃないかなと。
八田:そうですね。

佐藤氏の方から共感話法に突入。友好モードに。

佐藤:(中略)僕の周囲でも「ネット系から降りてくる仕事は利幅が薄くてきつい」という声が非常に多いんです。この辺のところをどう考えているのか、失礼を承知で、それを今回率直に聞きたいと思って来たんです。
八田:いや、そういう風に全国の協力業者さんが苦しんでおられるという事実があるのでしたら、失礼どころかきちんとお聞きしたいです。
佐藤:よかった、それなら話しやすい。(中略)、現場としては本当にたまらないんですよ。
八田:そういうことがあるわけですか。すべての現場を見ているわけではないので…。ただ、そういう話は教えていただいた方がありがたいです。その中でわれわれもよりよい状況をつくっていきたいと、これは本当に思っています。
佐藤:いや、本当にそうしましょう

いや、小さなお葬式の役員がそれくらい知らないわけないでしょう。本当に知らなかったとしたら、役員として無能。なんで現場がむりやり追加オプション取りに行くのか、というクレームの分析を全くしていないことになりますが。

八田:うちはそうではなく、お客さまのニ-ズにこたえてサービスをつくってきたつもりで、間違っていなかったと思っているんですけど。
佐藤:いや、そういうきちんとしたポリシーを持っているという意味では、僕もユニクエストさんも、実は同じ存在なんだなあと思わされました。

最後もこんな感じです。

小さなお葬式は大手互助会の子会社です。良い葬儀社をフェアに紹介することをうたっている葬儀ブローカーが特定の互助会の子会社というのは問題有りというところは必ず突っ込んでおかないと。(編集判断で削除されたのかもしれませんが)

さてなぜ(私にとって)残念な結果になったのでしょうか。

佐藤氏の人が良すぎて、対面のケンカが苦手というのもあるかもしれません。または小さなお葬式と組んで動画コンテンツを作りたいという戦略があるのかもしれません。

しかしより大きな原因は、
今回の特集の文脈で「煽り系タイトル」を付けただけで、実際は穏便な対談を義務付けられた企画だった、からではないでしょうか。

そう考えないと、そもそも小さなお葬式側にこの対談を受けるメリットが全くありません。
「今回葬儀ブローカー批判特集だから、反論の機会を与えるよ」という交渉の仕方もあるかもしれませんが、一般の読者への影響は限定的です。それだけでは相手のリングにはあがらないでしょう。
そこでUインターと対抗戦を行った新日本プロレスのように、「勝ちを譲ってくれるんならリングに上がってもいいよ」と。

確かにシュート(本気の潰しあい)をやらせるのなら対談相手は佐藤氏でなくて(別のページに寄稿している)碑文谷創氏でよかったはずですし。
もしかすると佐藤氏の方で「プロレス」を仕掛けたところはあったのかもしれませんが、当初の「協定」に基づいて編集サイドでマイルドにしたとか。

それとも猪木アリ戦のように当時は凡戦と呼ばれても、10年後に再評価されることになるのでしょうか。

(追記)

雑誌内に宗教問題の編集長と佐藤氏の公開対談の告知がありました。
上記の事情を直接尋ねる良いチャンスだと思ったのですが、休みが取れず行けませんでした。
海賊男になるチャンスだったのに、残念です。

(今回の記事は平成のプロレスに詳しくないとなにがなんだか分からない内容ですいません。一般読者に影響与えない記事は好き勝手書いてしまう悪い癖です。)











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