お葬式が終わって一年後に電話を差し上げると、ありがたいことに
ほとんどの御遺族は自分のことを覚えてくださっています。
長いこと葬儀屋さんをやっていると、10年ぶりに葬儀の御依頼をいただくことも、
ままあるのですが、その時も同じで。
私の名前も覚えていただいてて
「まだ、(同じ葬儀社に)いてくれて良かった」
とおっしゃっていただける。
この時のうれしさって、ちょっと例えるのが難しいです。
この御遺族との距離感って
他のサービス業でもなかなかないんじゃないでしょうか。
(参照ページ:私は「ご愁傷様でございます」と言わない)
でもよく考えてみたら、病院でお会いして、葬儀が終わるまで、
その御遺族と一緒にいた時間なんて24時間を超えていないはずなんですよね。
それでも覚えていただけているのは
葬儀屋さんが
恐らく御遺族の人生最悪の時に登場して、力を尽くそうとする存在だから、
だと思います。
ところでマーケティングの本によると
新規顧客を開拓するより、既存の顧客との関係を構築する方が
10分の1のコストで済む
らしいです(出典忘れました<(_ _)>)
そのため葬儀後もこまめにイベントなどを打って
顧客ロイヤルティ(忠誠度)を持続させる
という戦略の葬儀屋さんもいると思います。
もちろんそれはそれで正しいのでしょう。
でも(良いことがどうかは別にして)自分は御遺族のことをお客様というより
人生の辛い時期を生き抜くという共通の経験を持つ「同志」
だと思っています。
(参照ページ:私が葬儀屋さんになった理由)
そして
君子の交わりは淡きこと水の如し(くんしのまじわりはあわきことみずのごとし)
だとも思っているので
(自分が傍観者であることの限界も自覚しているせいでもありますが)
(参照ページ:会社説明会での出来事)
いざって言うときに声をかけてもらって寄り添える存在であればいいかなと考えています。
まずは
(実際一緒にいるのは24時間未満だとしても)
仮に10年20年つきあっても信用される人間でありたい
っていうのが私の望みです。
なんか青臭い文章になってしまいました。
でも、本当のこと。
初めてコメントさせていただきます。某葬儀社の専属湯灌業者として数年勤めておりました30代(♀)の者です。葬儀関係という職務内容にではなく人間関係が原因で精神的に病んでしまい、昨年末に泣く泣く退職という決断をしました。ひょんなきっかけでこちらのブログに出会い、おこがましくも共感できる心情の描写がたくさんあり、大好きだった仕事をしていた時代を思いだし感傷的になってしまいました。厳密に言えば私は湯灌・納棺業者であり葬儀自体に関してはほぼ素人でしたので、不適切な場所に不適切なコメントになるかもしれませんが、お許し下さいね。ご遺族から「自分が死んだ時にも貴方に綺麗にしてもらいたい」とこの上ないお言葉を頂いていたのに、今はもう自分が必要とされていない…自分の存在価値が見いだせない…そんな絶望感・喪失感に苦しむ毎日です。また必ず葬儀社に戻れるようリサーチし続けますね。そろそろ仕事の波も落ち着く頃でしょうか…お体ご自愛下さいませ。
オロ姉 様、丁重かつ心のこもったコメントありがとうございます。
いままでリタイアせざるを得なかった女性社員をたくさん見てきました。
彼女たちには
「もしチャンスがあれば、この会社でなくてもいいから業界に関わって欲しい、
関わることができなくてもこの仕事で学んだことを今後の人生で生かして欲しい」
って、言ってきました。
>また必ず葬儀社に戻れるようリサーチし続けますね。
ありがとうございます。
そのお気持ちに応えられるよう、ブログを書き続けていきたいと思っています。
そしてオロ姉 様がこの仕事に戻れるようお祈りしています。