今回ご紹介するのはこの本。
「確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力」森岡毅
世界最大の一般消費財メーカーP&Gでブランドマネージャーとして活躍していた著者が、ユニバーサルスタジオジャパンに入社して、V字回復させるまでの戦略を記した内容です。
マーケティング分野で実に知的好奇心を刺激される内容です。
テーマパークという夢の国の裏でこんなにクールで緻密な計算が行われていたとは!
ちなみに私のテーマパーク歴は、ユニバーサルスタジオジャパンとディズニーランドに1回ずつ行ったのみ。
ディズニーランドに行ったときにはミッキー以外のキャラが良く分からず「あの必死に手を振ってくれているビーバーみたいなの誰?」と妻に聞く始末。
近所にある浦安市斎場の帰り、渋滞に良く巻き込まれるのでディズニーランドの方が私にとって迷惑施設(笑)
この本の内容
筆者はこの本に書かれた戦略で成功したわけですが、こうやれば絶対成功という話ではありません。
筆者も認めるように経営に絶対はなく、例えるなら綱渡りで足をすべらせる確率を最小化する戦略を練っていたことがわかります。
この本のテーマは、マーケティングで一番重要なのはプレファレンス(好意)である、ということ。
それだけ聞くとなんとなく、そりゃそうだね、という話です。
しかしここから一見気まぐれに見える消費者の行動を数理モデル(ざっくり言うと方程式)を交えて予測していく展開は見事です。
どうすれば消費者に選んでもらえるのかを、とことん解析します。
プレファレンスとは、消費者のブランドに対する相対的な好意度(簡単に言えば「好み」) のことで、主にブランド・エクイティー、価格、製品パフォーマンスの3つによって決定される。
ブランドエクイティーとはブランドの価値のことです。
市場構造の本質とは何でしょうか。それは「 消費者のプレファレンスによって決定される購買行動の仕組み」が、どのカテゴリーにおいても同じ
例えばパンケーキ・歯磨き・本の購入は、全てカテゴリーは違うものの同じ方程式で割り出せるというのです。
しかし葬儀業界には使えない
しかし残念ながらこの本で述べられている手法は葬儀業界でそのまま使うことはできません。
理由は以下の通り。(この本を読んでいないと良く分からないかもしれません)
購買行動を支配する4つの仮説
1)消費者一人一人が独自に購買決定をしている。 2)購入行動はランダムに発生している。 3)それぞれのカテゴリーに対してほぼ一定のプレファンスを持っている。 4)プレファンスの高いものはより高頻度で購買される
・ブランドエクイティーは日々の購買活動で形成されていくが、葬儀の場合はめったに購入されないので、ブランドエクイティが形成されづらい。
・プレファレンスはそのカテゴリーの商品を購入するか否かも決定するが、葬儀の場合好き嫌いで購入するわけではない。
葬儀と同様に購入回数の少ない商品には家や運転免許がある。それでもこれらの商品にはプレファレンスによる購入(持ち家が好き、バイクが好き)が存在する。しかし葬儀にはない。(その一方でみんな死ぬので強制的に全ての人が購買活動に関わっているという言い方はできるが。)
・この本で述べられる配荷率(市場にいる何%の消費者がその商品を買おうと思えば物理的に買える状態にあるかどうか)は、葬儀の場合、商圏に相当する。しかし葬儀業界はローカル中小企業が多い市場構造のため、配荷率の上限が低い。
・葬儀業界でも認知率や購入単価は売り手側の戦略である程度コントロールできる。しかし一方で、人がいつ死ぬかは誰も正確に分からないため、購入回数とタイミングは売り手も買い手もコントロールできない。そのため最重要ファクターであるプリファレンス(好み)を上げても効果が限定的になる。
逆に葬儀業界にもあてはまる、あるいは傾向が強いという事象は
「ブランド・エクイティーは競合との相対で決まる」というところでしょう。購入回数と死亡者数と同一であり、シェアの奪い合いを意識的にやっているからです。
しかしブランド・エクイティーを高めるのは購入確率を高めるためでもあることを考えると、葬儀の購入を決めるドライバ-(影響を左右するもの)としては弱いのです。
こうしてみるとやっぱり葬儀という商品は特殊ですね。
おまけ
2000年くらいだったかと思いますが、葬儀のマーケティングに関連したある数理モデル(というと大げさですが)を作ったことがあります。
おおざっぱに言うと、あるエリアから定量的に割り出せる複数のパラメーターから係数を算出し、それに死亡者数を掛けるという構造になっていました。
今読み返すとアカデミックな厳密性には欠けます。しかし当時マーケティングという概念が存在しなかった葬儀業界の状況を考えるとよくできていたと思います。例えば、前述したそもそも葬儀という商品の購入経験がないという問題を、参列経験による認知の集積で代替したころなんか・・・と自画自賛(笑)
残念ながら年月とともに環境が変わってしまい、パラメーターの一つが消費者の嗜好を反映しなくなってしまったため、今となっては粗いものになってしまいました。
さて、これに関連したおまけの話。
私は学生時代あるゼミに所属していました。当時親が亡くなったので、アルバイト量を増やすことに。そうするとどうしても卒論を書く時間が足りない。そこでゼミを辞めようとしたことがあります。
まぁ、死ぬ気でやれば書けたと思うので、要は怠けていたのでしょう。
結局担当教授から「卒論出さなくても単位あげるから」と、温情をかけてもらいました。
卒業後数年経って、お詫びを兼ねて上記の数理モデルに解説を加えて「あのときの卒論の替りに」と教授に送ったところ、「優」という大きい文字と励ましの言葉の書かれた手紙が送られてきました。
自分の中ではちょっと良い思い出です。
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