自殺理由をうのみにしてはいけない理由

私はコロナ後の日本で、自殺者の数が増えていくと想定しています。

これは多くの人が指摘していますが、
緊急事態宣言による経済の悪化→倒産や失業の増加→失業率と自殺者数には相関関係があるので、自殺者が増加する
という因果関係です。

この件に関しては、東洋経済オンラインの記事でも同様のことを申し上げました。
コロナ騒動で葬儀会社が恐れる「3つの大問題」 | コロナショックの大波紋 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

こう言うと
「いやいや、自殺原因の1位は健康問題ですよ」という反論をいただきます。
今回もツィッターでいただきました。

この反論は、厚生労働省から発行されている自殺対策白書が根拠になっています。
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/19-2/dl/1-5.pdf
確かにこの資料では、自殺動機の第1位が健康問題、経済問題が2位です。

しかし、健康問題が1位で経済問題が2位、というのは失業で自殺者が増える、という命題に反しません。
経済問題が自殺理由として全く出てこないなら変な話ですが。

ただ私がより強く思うのは自殺原因としての「(失業を含んだ)経済問題」は、統計数値以上に多いのではないかということです。

以前も似たようなテーマで記事を書いたことがありますが、今回は自説を加えて整理してみました。

根拠は以下の3点です。

警察の調査のモチベーションが低い

一つ目の根拠は警察の調査のモチベーションが低い、ということです。

自殺原因は自殺現場に派遣された警察官が調べます。
警察はそれほど真剣に自殺理由を調べていません。

警察が知りたいのは自殺か他殺か、です。(先日、日本で殺人が見逃される理由 という記事でも書いたように、検死制度のザルっぷりを考えると、実はそれすらも知りたいかどうか疑問ではあるのですが。)

自殺であるとさえ分かれば、その理由がなんであるのか、取り乱したり呆然としている遺族を問い詰めてまで詳しく聞くようなモチベーションはないでしょう。

かつて監察医(死因を検査するお医者さん)であった上野正彦氏は著書の中でこのように述べています。

また、原因別に見てみると、病苦等一万千四百九十九人、経済生活問題六千五十八人(註:1998年当時)と続く。

実は、この数字にはトリックがあり、自殺そのものには犯罪性がないために警察の念入りな捜査による真相追究ができず、家族などの「そういえぱ病気を苦にしていた」といった暖昧証言がそのまま自殺原因とされるケースがほとんどだ。

この問題については、後ほどあらためて詳しく取り上げたいが、そんなことを割り引いて考えれば、実質的には、経済生活問題が一番の原因となる。

ただし上野氏がこの文章を書かれてから、若干状況は変わっています。

1998年以降、遺書やSNSへの書き込みなど物的証拠のある場合のみ、統計にカウントされるようになりました。
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/s6.pdf
平均すると、理由が計上されていないのはざっくり4件に1件です。

また自殺理由は3つまで選択可能です。例えば2015年の自殺者数は24,025名で、自殺理由数をすべてカウントすると30,598個でした。
自殺者数のうち物的証拠があるケースを75%と仮定すると24,025名×75%=18,018名
30,598個÷18,018名≒1.7個
大体1件につきおおよそ1.7個の自殺理由が挙げられています。

ということで精度はかつてより上がったように見えます。

しかし遺書やSNSに「私はこういう理由で死ぬのだ」と必ずしも書くわけではないでしょう。
また現実には複数の原因(失業した→高齢で再就職できなかった→親族に無心をしたら断られた→妻子が去って行った→精神的に追い込まれて生活保護を受けることすら思い浮かばない、など)が複雑に絡み合っていることもあるでしょう。

やはり精度に疑問が残ります。

遺族は「経済問題」と認めたがらない

実際の警察の調査では、遺書の内容だけではなく、遺族へのヒヤリングも併せて行われています。
私も葬儀屋さんという職業上、首を吊った故人を安置している部屋の横で、警察が家族にヒヤリングしている状況を見かけたことがあります。

そこで、自殺原因が経済問題であった場合、警察の調査に対し、遺族はすんなりそれを認めるでしょうか?

なぜなら経済問題を自殺の原因としてしまうと、金銭的援助など、周囲がなんとかしてあげられたんじゃないか、という構図が生まれてしまうからです。自分の無力を直視しないといけないというのは、つらいことです。

当然のことながら、経済問題が原因ということを認めたからといって責任を取らされたり、罰せられたりするわけではありません。しかし肉親が自殺した直後に警察の尋問を受けるというのは、相当のプレッシャーがあるはずです。

それなら一番責任を問われない「健康問題」と答えておくのが無難、と遺族は考えるのではないでしょうか。

失業からうつ病を発症した場合は「経済問題」ではなく「健康問題」としてカウントされている?

行動経済学者が書いたこの本には、配偶者の死よりも失業の方が、精神的ダメージが大きいことが述べられています。

この研究の結果、先に挙げたさまざまな出来事の中で、幸福に最も大きな影響を与える出来事は「長期にわたる失業状態」でした。1年以上続く失業のダメージは大きく、そこから完全に立ち直るまでに5年かかる場合もあったのです。
この研究には、希望を与えてくれる数多くの発見もありました。たとえば、夫や妻を亡くすなど非常につらい出来事に直面したとしても、多くの人は、数年後には配偶者が亡くなる以前の幸福度レベルまで回復します。
しかし、長期にわたって失業が続いた場合(特にそれが男性の場合)は、配偶者を亡くしたときのように″数年後には以前の幸福度レベルに回復″というわけにはいかないようです。つまり、失業状態が長期間続くことは、配偶者の死よりもダメージが大きい、というのが現実なのです。(P28)

また、新宿区の自殺対策委員を務めたことのある方の、こちらの記事を最近読みました。
経済の悪化は、人の命に関わるという話。|安田祐輔|note

最初の自殺要因の発現から自殺で亡くなるまでの日数は、全体平均が7.5年(※中央値は5.0年)である。一方、自営業者の平均は4.0年(※中央値が2.0年)と短い。

おそらく勤め人の場合は、失業したからといってすぐ自殺というケースは少ないと思います。なんとか再就職しようとして、いろいろうまくいかなくて、精神を病むというケースが多そうです。(2020年4月の自殺者数が前年比20%減少したという報道がありましたが、私は安心できません。ダメージが現れるのはもう少し先です。)

記事では短いと言いつつも、数年のタイムラグがあります。失業から数年後にうつ病を発症して自殺という流れの場合は、経済問題ではなく健康問題としてカウントされてしまう可能性が高いのではないでしょうか。

調査のモチベーションが低いと申し上げた警察の2010年の古い調査データでは(他に細分化されたデータがないのであえて取り上げます)、健康問題の中でも最も多い要因が鬱病でした。
たしかに身体系の健康問題なら、むしろ生への執着が増すケースが多かったり、そもそも物理的に自殺したくてもできないケースもあることを考えると、うつ病が多いというのはうなずけます。

というわけで、推測の域を出ないところもありますが、以上の根拠から、私は自殺原因において「経済問題」は数値以上に多いと考えています。

後書きにかえて

ほとんどの人にとって重要なのは一人称(わたし)もしくは二人称(あなた、親しい誰か)の死の話です。

でも葬儀屋さんは三人称(誰か)の死に踏み込まなければいけません。
仕事とはいえ苦しいです。ましてやそれが自殺だったら。

自殺者の増加予想が外れてくれることを、願うのみです。