葬儀式場建設反対運動サイトにからんでみる




以前何度か葬儀式場建設反対運動に関する記事を書いたことがあります。

葬儀式場建設反対運動を行なってる方のサイトを最近見つけたので
ちょっとからんでみたいと思います。
こういうサイトです。

小倉台を守ろう 有志の会のブログ 住宅地に「葬祭場」が建つ問題を考える

さてスタート。
ちなみに引用文中のサンセルモとは
会館を建てようとしてる葬儀社です。

このままでは、「小倉台駅前」が、
「サンセルモ葬儀場駅前」になってしまいます

大丈夫、ならねーから(^^;)

http://megalodon.jp/2014-0524-1746-29/oguradaimamorou.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-5172.html

サンセルモは、私たちの言葉の中に「職業についての差別」を感じたようで
それ以上話さない方がいいですよ。と興奮して何度も言っていました。
???
葬儀場は現代では殆どの人が利用し今や必要な施設と言ってもいいのではないでしょうか?
(中略)
サンセルモの人は、
「職業の差別でないとしたらなぜ反対をするのか?」
という趣旨の発言をしていました。
???
サンセルモは全国にいくつもの葬儀場を持っているそうで、
その建設の時は殆どで反対行動があったそうです。
そんなに何回も反対されているのに、
なぜ皆さんが反対するのかがまだ解らないのですか?
人の死は普通は
ある恐怖心や心理的な、緊張感を持ちます。
葬儀場は仕事として行うのであり、
毎日普通の暮らしをしている住民のすぐ隣で行われていれば、
苦痛な思いは計り知れないと思いますが。
だからこそ葬儀場の立地場所には、慎重で、細かい配慮が必要なんです
普通の人のふつうの気持ちをくみ取れない会社が
、この小さな町小倉台で営業していけると思いますか?
>だからこそ葬儀場の立地場所には、慎重で、細かい配慮が必要なんです
そのとおり。

サンセルモさんも多大なリスクを背負って先行投資をする以上

いい加減に立地を決めているわけではないでしょう。
経営が成り立つかどうかということに対して「慎重で細かい配慮」を
行なって考え抜いたはずです。

「慎重で細かい配慮」は一部の住民のエゴに対してするものではありません。

完成してずっと営業できたとしたら、消費者(=住民)から必要とされているということで
そうなると反対派の言っていることは公的意見ではなく私情に過ぎないということです。
一方住民から不要だと思われれば潰れます。

どちらの結末だとしても 

わざわざ事前の「市民運動」は無駄な気がしますが・・・
市場原理に任せてみてはいかがでしょうか?
それとも「運動」自体がお好きなのでしょうか?

反対の主な理由が
・生理的にイヤ
・近所だからイヤ
で、そんな暴論が通ると本気で思っているなら、
それが職業差別でなくてなんなのでしょうか?

これサンセレモさんの方が正論だと思います。

>普通の人のふつうの気持ちをくみ取れない会社が
>この小さな町小倉台で営業していけると思いますか?
こういう他人のなじり方ができるブログ管理人自身は
自分のことを「普通の人で普通の気持ちを持っている」人だと思っているわけですね。
葬儀場は「集会場」ですので、どこにでも建てられるのが現状です。
ここ小倉台に建てさせたら、次の狙いはあなたの隣の空き地かもしれない。
小倉台ばかりでなく、どこの地域でも高齢化となり、葬儀場業界では
「家族葬」といういかにも、今はやりの身内だけで静かな最後を応援するかのようなうたい文句で、(もちろん家族葬を否定するものではありませんが)、小さな空き地を見つけては、
”こういう小さな住宅地の隣の小さな敷地が、大切な家族を家族だけで送るのにふさわしいんですよ”
と言うわけです。
(別に、家族葬は大きな葬儀場でもできますよ!)
葬儀場を住宅地に建てさせてはいけません
千葉市は何をしているのですか??
小倉台に立ったら絶対、次の場所のターゲットをさがしていますよ!!

>(別に、家族葬は大きな葬儀場でもできますよ!)
そりゃできるでしょうけど、ブログ管理人の事情のために
わざわざムダな初期費用とランニングコストをかける理由がないですよね。

どこまでも自分中心なのでしょうか。

>千葉市は何をしているのですか??
日本は法治国家です。
差別感情で物事を通すことはできないということを行政は知ってるんですよ。
(大変だな、千葉市も。こんなこと言われて・・・)

>小倉台に立ったら絶対、次の場所のターゲットをさがしていますよ!!
住宅地の中にある葬儀式場なんて、
既に腐るほど日本にあるんですが・・・・
思い返せば昨年12月8日小倉台自治会館で、
サンセルモの葬儀場建設説明会がありました。
約150名ほどの住人の参加がありましたが
反対の声の大きさに、サンセルモは唖然とするばかりで
結局説明会は中途で、終了してしまいした。

情けない会社です。
>反対の声の大きさに、サンセルモは唖然とするばかりで
>結局説明会は中途で、終了してしまいした。

要はヤジを飛ばすだけで
葬儀屋ごときと「対話」する気はこれっぽっちも無かったということでしょうか?
 

>情けない会社です。
引いたら引いたで批判して
どうして欲しんでしょうか。
面倒な人ですね(^^;)
変わらず穏やかな、明るい街づくり
この小倉台に住みたいといわれるように
小倉台いいねと、子供に孫に思われるように。

「葬儀式場ができることで
街が
穏やかでなくなって明るくなくなって
人が住みたくなくなって
子供や孫の世代が小倉台がイヤだと言い出す」
と本気で怯えているなら、
葬儀式場の問題ではなくブログ管理人の心の問題だと思います。
百歩譲ってもし現実にそんなことになったとしたら、
葬儀式場の問題ではなく小倉台に問題があるのだと思います。

何度も言いますが、
こんな小さな住宅地のお隣で本当に葬儀場を建てようとしているのですか?
「?、なぜだめなんですか?」とサンセルモはいつも言いますが、
社会通念、人の常識、何を言っても理解しないあなた方に
この小倉台に来てほしくありません。
私たちは長く、穏やかに、この町で暮らしているのです。
そしてこれからもです。

私も聞きたい。

「なんで葬儀式場立てたらだめなんですか?」

葬儀屋は反社会団体なのですか?
葬儀場は迷惑施設なのですか?
個人的に不愉快、という理由で法令を遵守している商売の邪魔をしても良いのですか?
 

社会通念、人の常識、何を言っても理解できないあなたに
葬儀屋を批判してほしくありません。
(と、ブログ管理人の口ぶりをまねてみたけど、
私は他者に対してここまで無礼なことは言いません。
相手が理解しないときは自分の伝え方に問題がないか、
をまず疑うようにしています) 

>私たちは長く、穏やかに、この町で暮らしているのです。

ええ、どうぞ暮らしてください。

でも、あなた

いつかは死ぬよ。

それは明日かも知れない。

人間である以上

無限の命なんて無い。
その穏やかな生活もいつかは終わる。
見たくない不愉快な現実(=死)から目をそらし続けても
問題が解決するわけじゃない。

死んだら
一瞬で自分の体が消滅するとでも
思っていらっしゃるんですか?
あなたの家族があなたの遺体を運ぶのでしょうか? 
違いますよね。
どこかの誰かの住まいの近所に、活動拠点を持つ葬儀屋さんが
あなたの遺体の処置を行なうのではないですか?
その葬儀屋さんが自分の近所にさえいなければ良い、ということなのですか?

それはエゴではないのですか? 

冷静にもう一度考えてみてはいかがでしょうか?











32 件のコメント

  • 禾様、
    これって遠目で見ている分には面白いんですが
    葬儀社の窓口担当者は大変だと思うんですよね。
    もちろん、ここまでの人はごく一部で
    ほとんどの住民の方はもっと分別があると思うんですが。

  • nimby syndrome の典型的なパターン。
    この手の感情論者、常識論者が最も脆弱であり、法令や規則等を持ち出せば論破が可能なタイプです。
    感情とゆう剣と常識とゆう鎧を身に着けており、法令で定められた「住民説明会」も住民側の原因で紛糾・中止されたのであれば、「業者側が非常に有利」となりました。(法では開催は必要ですが、同意は必要ではない)

    行政も、住民説明会実施(住民が納得せず、中止になってもOK)があれば、「条件具備」で建設許可を出します。

    業者サイドの能力問題もありますが、「住民側の稚拙性」が伺える事案がほとんどです。
    反対運動を行うのであれば、確りとしたプロトコルを創り、段階的な作戦に出なければ確実に負けます。
    建設阻止は不可能ですが、運営改善は可能な事が解っていればやみくもに反対運動はしないはずなのですが。

  • あ~汗が出ました。ほとんど同じようなことを
    経験しましたので思い出しました。思い付きでジラを言うので聞いてる側は本当にトラウマになりますよ。扇動者未だダメですが他の方は「聞いてるのと違う。いい人たちだ。」なんて声がいただけるようになりました。セルモさんの言いたくても言えない専守防衛の気持ちがよくわかります。いつでも論破できるのに防衛のみ許された苦しみ(涙

  • kacasi様、
    大体無茶を言う人は、ノイジーマイノリティで
    地域でもちょっと浮き気味のことが多いので
    結果的に運動をパワーダウンさせてしまうこともありますよね。

  • nimbyで騒ぐ人達は「社会的地位、経済的余裕、高学歴の場合」が多く見られます。(70%位か?)
    その意味で、「なんで俺の所なの、他の人の所に造れ」との考えです。
    しかし、大阪市での反対運動は「金目当ての運動」であり、自治体からは協力費名目で1,000万円以上を要求され(金を払えば斎場建設は認める)、数年に一度はこの手の反対運動(純粋に嫌な人も含まれている)が起こっています。(群馬も金で解決)
    10~20%位は「同業者が糸を牽いています」。
    そのために、「文教地区や学者等の多い地区」では反対運動は必至です。

    近年の互助会斎場展開では、近隣住民とのトラブル回避のために「系列企業」を使うのが一般的です。
    昨年、40億円以上の負債を抱えて倒産したA社も「大手互助会の切込み隊長」をしていました。
    A社名義で土地買収と建設を行い、近隣住民との折衝や協議、同意を進めて来て、住民からの訴訟対象もA社(互助会ではない)でした。
    そして、施設完成後は大手互助会にリースまたは譲渡して斎場をオープンさせます。

    建設段階では「一般集会場」(葬儀場の規定をしている自治体は僅か)であり、完成後に互助会や葬儀社に貸す、または販売をしても問題はありません。
    23区内の互助会系斎場の多くは、この手の「間接的手法」を用いており、用地買収や建設許可申請を互助会名義で行うのは「良心的」(または無知か?)です。

    サンセレモがどの様な手法を用いたのかは分かりませんが、純粋に反対をする住民には「住民の反対意見や感情論を十分に聞いて、問題点を1個ずつ排除」、セミプロの反対屋や同業者(関係者)に対しては「徹底的に叩き潰す」のが良いでしょう。
    台東区訴訟(同業者と関係のある議員を告訴)は正しいと思いますが、大田区訴訟(隣接の住民2名を告訴)は間違いです。

  • prof様、
    なるほどこういう手口なんですね。
    さすが互助会。
    それから
    >大阪市での反対運動は「金目当ての運動」であり
    これはもはや清々しい(^^;)

  • 大阪市の「失笑反対運動」はこれです。
    http://blhrri.org/kenkyu/bukai/jinken/houritsu/houritsu_0042.html
    あの、「部落解放同盟系の研究機関」でも取り上げています。
    今回のサンセレモ事案でも「似たような言葉」が見られており、互助会や葬儀社の担当部署ももう少し勉強が必要です。

    斎場反対運動裁判では裁判官の和解勧告が多いのですが、これに応じない住民側は「敗ける事が多い」と考えます。

  • 斎場規制条例で最新のものは大磯町だと思います。
    しかし、被生活保護比率や被差別地区比率の高い大阪市と比べると、大磯町は被生活保護率が最も低い自治体であり、一概に比較することは出来ません。
    斎場反対運動は反対側の生活レベル、社会的地位、地域特性、人的要素を考慮して判断を行い、対応をする必要があります。

    全国展開をする互助会であっても、カネと嫌悪、感的反対と知的反対、地域特性を考えると対応や配布資料も全く異なります。
    韓国においても火葬場反対運動が激化しましたが、日本と異なり葬儀法があるために、火葬場や斎場側有利な判断が示されています。
    斎場反対運動マニュアル(住民側用、業者側用、自治体用)でも公表しようかとも思いますが、これも矛盾となるために難しいです。

  • prof様
    >韓国においても火葬場反対運動が激化しましたが、日本と異なり葬儀法があるために、
    この点は見習うべきですよね。

  • どちらにしろ「みかじめ料」(迷惑費、自治会・町内会協力費等)を払うのは最悪の方法であり、タカリはエスカレートする上に死ぬまで続きます。(葬儀費用にオンしなければならない)

    韓国では儒教思想の関係から「土葬文化」でしたが、政府及び福祉省の施策、土地問題、墓地価格高騰から「急速に火葬率が上昇」しました。
    その結果、年間火葬数が年間死亡者数を大きく上回り(土葬した遺体を掘り返して火葬を実施し、納骨する)、火葬までの待機時間が1日伸びています。
    そのために、政府や自治体、裁判所は「火葬場寄り」であり、反対派は苦戦を続けています。

    斎場も都市部では「病院内斎場が主流」となり、葬儀法施行により問題葬儀社と職員を排除しており、年間50~100人位の逮捕者を出していますが、蔓延った根を根絶することは出来ません。
    中国でもPFIや民間参入を一部解禁したために、「悪徳業界の御殿入り」(金儲けはROC葬儀、違法と嘘は日本葬儀を見習えが流行言葉)となり、粛清近し。

  • prof様、
    >年間50~100人位の逮捕者を出していますが
    それでも逮捕者を出しているってことは
    違法行為を行なうことに対する抑止力になっていそうですね。

  • 反対住民側が「噂の東京マガジン」に訴えてTV放送にもなりました「川越市新火葬場」の工事着工が確定しまして、まもなく本格的な工事が始まります。
    総予算は52億円で平成29年春からの稼働予定です。
    http://www.city.kawagoe.saitama.jp/www/contents/1400559725055/files/jissisekkeigaiyoubann.pdf

    反対住民側は「差止めの仮処分申請」をしていましたが、行政としては本年3月の定例市議会においても「着工」を公示しており、止めることは不可能になりました。
    反対住民側は「火葬場からのダイオキシン」と騒いで反対運動を展開したために、川越市側は「ダイオキシン排出量を国基準の10分の1以下」とすることにより、反対住民の「ダイオキシン危惧をすり抜け」を行い着工になりました。

    火葬場のダイオキシンは副燃焼炉とバグフィルターで「簡単に調整が出来る」ために、新設火葬場問題で「ダイオキシンを争点にすること自体が敗北」を意味しており、反対側住民は初期段階から「争点を間違えていました」。(主燃焼⇒副燃焼⇒フィルター)
    京都大学教授の書かれた「研究報告書」を読まれたのかも疑問です。(厚労省研究で一昨年送られて来た)

    「噂の東京マガジン」は葬儀社、霊苑、火葬場問題を数多く取り上げていますが、「大森駅前事案」を除くと「放送如何に関わらず、反対住民側」が敗けています。
    広域組合に属さない中核都市クラスでは、これからも「火葬場・斎場反対問題」は続発します。

  • 韓国では「職業倫理の欠如」が騒がれており、今回新たに「人格教育振興法」を制定して、「人として、社会人としての倫理観」を取り戻す方向を示しています。
    韓国は日本以上の教育熱であり、「勝ち組、負け組」の差は歴然であり、「勝つため(言い換えればカネ儲けのため)ならば何をしてもよい」との考え方が主潮となっていました。
    そのために、葬儀法を制定しても「旧カマーの葬儀屋達」が悪事を働いており、これらが排除されています。
    「人格教育振興法」に関しては中央日報(日本語版)に、考え方が出ています。
    http://japanese.joins.com/article/807/185807.html?servcode=100sectcode=110

    中国でも、社会科学院等の中央研究機関の教授達が「現在の葬儀のあり方を問題視」しており、手入れは
    近々に行われます。(刑事事件扱い)
    これに合わせて、民事訴訟が始まる予定です。

  • prof様、
    人格教育振興法、ってすごいネーミングですね。
    確かに法というものが性悪説に基づいていると考えれば
    そうなのかも知れませんが・・・

  • 葬儀問題や斎場・火葬場反対運動を考える上で大事なことは、「法で規制されないから認められている」と誤解釈をする人達が多い事です。
    解り易い例では「脱法ハーブ問題」があります。
    幻覚作用を有するハーブに関して規制をする法令や条例は存在せずに(製造者や販売者の方が頭が良いので)、「違法とは断定できない状態」が続いています。
    そのために、国や自治体、司法機関では「脱法ハーブ」と呼んでいますが、製造者や販売者、使用者は「合法ハーブ」と呼んでいます。

    これが正に「法や条例で規制されないから、認められた訳ではない」との代表です。
    脱法ハーブは「化学式を簡単に変えられる」ために、物質指定をしても安易に変換物を造れるために、「物質指定の規制法を造ることは困難」です。
    そのために、これらを使用して自動車等を運転すれば「道交法違反」で取り締まれますが、単に所持や使用では取り締まりや逮捕は出来ません。(違法ではない)
    それ故に、各自の「倫理観に委ねる」しかありません。

    日本では葬儀及び葬儀に付帯した行為で法制化されているのは「霊柩自動車」だけであり、これら以外は「各自の倫理観に委ねられています」。
    無料であっても「白ナンバーでの遺体搬送は違法行為」(家族等が運ぶことは問題はない)ですが、現実的には「取り締まり対象にはほとんどならない」ために、平然と行われています。
    斎場反対運動も明文化された規制はありませんが、「さいたま地裁判断」を参考にして行うべきです。
    業者側も、近隣住民に対する配慮として「さいたま地裁判断」に沿った改善が求められます。

    世界から見ると日本の法や条例は「性善説に基づいて作られている」ために、個人や企業、組織の倫理観が逸脱すると問題も発生をします。(違法ではないが)
    近年、「逸脱した人達が目立ちます」。

  • prof様、
    >日本の法や条例は「性善説に基づいて作られている」
    うーん、そうですよね、確かに。

  • 職業の差別にする替えるのは、葬儀屋の被害妄想か交渉の作戦じゃないでしょうかね。
    葬儀屋の事務所であれば反対する人はたぶんいない。そうであれば職業の差別ではない。

    人の死は喜ばしい事でもなく、通常の場合は慣れる事のないものだと思う。
    葬儀場の人にとっては、飯のタネになるわけで、慣れていますよね。

    住民は、例えばリビングのカーテン開けたら葬式をしているって状況が、住宅地にはふさわしくない
    って言いたいのだと思う。
    業務として葬式を行えば、毎日あるかもしれませんからね。
    見知らぬ人の葬式だって、目の前で行われていれば楽しい気持ちにはなれないでしょ。自宅なのに。

    葬儀の帰りに「いいとこだからこの辺に家買う?」って話になれば、葬儀場近いからな、がすぐにくる返答だと思う。

    反対住民がエゴならば、わざわざ住宅地に反対押し切って建設して儲けようとしている業者だってエゴ。

    葬儀場は現代社会では必要な施設は間違いない。結局は誰の近くに押し付けるかの問題。
    自分の近所で無ければ良いは、本音なはず。葬儀場を誘致する住宅地はたぶんない。
    葬儀場に目を付けられた住宅地の反対派を悪者にして建設させれば、自分の家に近くにくる可能性は遠のくから。

    葬儀場は嫌悪施設であり、仲介業者からすれば購入者に告知する。住宅売却時には相場より安くなる場合が多い。
    企業側が法律では規制がないから建築は可能という考え方で動くのであれば、法規制は必要になると思う。
    生理的にイヤだけの問題ではなく、財産にも影響してくる事柄ですから。
    例えば、おおむね住宅のみで形成された地区においては、不特定多数の葬儀を行う施設は建設できないとかね。

    地主が周りの環境等について考えられない間抜けだと、周りの住民は大変だ。

  • 通りすがり様、
    コメントありがとうございます。

    近所に葬儀式場ができるのがイヤ
    と言う心情はもちろん理解できます。

    >葬儀場の人にとっては、飯のタネになるわけで、慣れていますよね。
    揚げ足取るようで申し訳ないのですが、
    慣れてはいません。
    自殺、交通事故、子供の病死等に関わる葬儀の業務、
    いつも精神的ストレスはかなりのものです。
    「誰かがやらなくてはいけない。そして運命は自分を選んだ」と必死で自分を鼓舞します。
    どこかのだれかに押しつけることができたなら、どれだけ良かったか。

    >反対住民がエゴならば、わざわざ住宅地に反対押し切って建設して儲けようとしている業者だってエゴ。

    確かにそうだと思います。自分の自由は広げていけば、いずれ誰かの自由とぶつかります。
    そのときに境界線を引くためにルール(法)があると思います。

    と、申し上げると
    法を守っているなら何をしてもいいのか、という反論がいつも出てくるのですが
    我々の働きが、社会的に間違ったことならそもそも、
    経済活動として成立しないでしょう。
    住民に支持されないなら、
    わざわざ反対運動などしなくても
    「迷惑施設」は自然消滅するのではないでしょうか。

  • 「慣れ」について失礼な書き方になり申し訳ありません。
    「押し付け」「嫌悪施設」は実際に葬儀を行う場所について書いたつもりです。

    職業でも「精神的ストレスはかなりのも」であれば、近隣住民にもかなりのものがあると思います。
    子供が亡くなった葬儀の隣で子供の誕生会だって考えられます。
    入院中の親の見舞いから帰ったら、老人の葬式をしているかもしれません。

    イヤなのは葬儀屋ではなく実際に不特定多数の葬儀を行う葬儀場です。

    葬儀屋の仕事と実際の葬儀が行われる葬儀場は別だと考えています。

    仕事について需要もあり、不要なもの、間違ったものだとは思っていません。
    自宅で葬儀をしないのであれば葬儀場も必要な施設だと思います。

    ゴミ焼却施設や火葬場も迷惑施設ですが、自然消滅していないと思います。
    迷惑施設なら自然消滅ではないと思います。

    必要な施設だけど近くにあったらイヤってのも迷惑施設の特徴だと思います。
    自分の近くになければいいのかとなると、本音はみんなそうだと思います。

    住宅地は大通りや商業地より土地代が安いため、初期投資や維持管理費が安くなるので事業者にとって都合が良いと思います。

    住宅地として概ね出来上がった地域であれば、その場所での開業は周りに気を使って考えてみたらって思います。
    損益も大事でしょうけど絶対そこじゃなきゃダメって理由もないはずです。

    需要もあり今後も忙しくなる商売だと思います。
    でも葬儀を行う葬儀場は喜ばれる施設ではなく、喜ばしい出来事をする場所でもないので、近隣に建設されても歓迎されることは少ないと思います。
    「ありがとう」いわれる葬儀をしても、その人の隣に葬儀を行う葬儀場を作ったら「ようこそ」とは言ってくれないと思います。
    葬儀場ってそのような特殊な施設だと思います。
    葬儀を行わない事務所や倉庫なら「ようこそ」になると思います。

  • 2つの事例を思い浮かべながら、本質をついた話しになってきていると感じていました。

    1つは名古屋近郊の町の火葬場です。
    かなり老朽化した火葬場で立地も鉄工所の隣で騒音が激しく最後のお別れをするには偲びなく思えるとともに、火葬炉も古く小さい為、6尺を超える棺は使用出来きません。
    役場の方と話す機会があったので予算の都合で改築出来ないのですか?と尋ねたら、予算の問題では無く近隣住民の方々の火葬場を改築する予算があるのであれば無くして欲しいとの声が多いため、改築工事が出来ない、との事でした。
    もう一つは名古屋の八事火葬場です。
    ご承知かもしれませんが名古屋は200万都市ですが火葬場は八事火葬場一つです。立地も高級住宅街と学生街に挟まれた場所で、稼働率も高い為、霊柩車が四六時中、高級住宅街や学生街を走っています。
    内心では無くなって欲しいと思われているのかもしれませんが、地元の方々には見慣れた日常風景になっています。
    一つ言えることは別の場所に火葬場を造る事になりましたが、着工するのにかなりの時間がかかっている、という事です。
    斎場も火葬場も利用する立場になったら近くて便利な場所を選択するのでしょうが、そうでなければ目に入らない方が良いという事なのでしょう。
    葬儀にかかわらず、様々な場所で同様な問題が見え隠れしていると思います。

  • 通りすがり 様、
    丁寧なコメントありがとうございます。
    以前反対派の方で
    「生理的な嫌悪っていうだけで、反対するのは身勝手だって自分でも分っているんです。
    それでも嫌なものはどうしても受け入れられなくて」
    とおっしゃった方がいて、
    この方に対しては「人間として」好感がもてました。
    この記事で取り上げたブログ主さんのように
    理不尽な感情が無いふりをして(目をそらして)
    さも理が自分の側にあるかのように言う
    というのが自分の中で引っかかるのだと思ってます。

  • 小泉様、コメントありがとうございます。
    あくまで与太話ですが
    住民の感情と、施設の必要性がトレードオフの関係になっているなら
    いっそ火葬場を作らない、という選択肢もあると思います。
    近所に火葬場ができるくらいなら
    「遺体の状態が変化しかねない状態まで長期間待ち、
    遠隔地の火葬場を高い市外料金を払って利用する」
    方がマシ、
    というふうに住民が判断するならそれもアリかなと思います。
    このあたりは原発問題と似ていますね。

  • 葬儀屋サイドからの意見でイマイチですね。
    やっぱり毎日生活をしていく隣に葬儀場ができると気分的にも視覚的にも精神的にも辛いし、イメージ、また資産価値も減るでしょう!
    所詮葬儀場の職員は仕事で生活は別のところでやるので影響ないですよね。
    近隣住民に苦痛と不快感を与えながら給料をもらってる。
    関係住民やその友人や関係者はその葬儀場は使わないだろうし。
    要は住宅街の隣に建てなければいいだけの話。若干郊外になっても送迎があれば問題ない。どちらにしても住宅街に建てれば駐車場もそんなに確保できないだろうし。
    また色々な所で必要なもので仕方がない!何をわがまま言ってるんだどいってる人も自宅の隣に建つとなったら反対すると思いますよ

  • 子供のとき小倉台に住んでいたので興味深く読みました。反対している住民の主張は非常識でナンセンスとしか言えませんが、根底にあるのは「死を忌み嫌う」という日本人のメンタリティにあると感じています。
    死は、忌まわしいもの/恐ろしいもの/考えたくないものという固定観念がある為に、このような葬儀場への理不尽な攻撃が頻発する一因ではないでしょうか。(でも、亡くなった家族の話しをするときは、「天国にいるおじいちゃんが・・・」と皆さん決め付けているのが不思議ですね!)
    考える葬儀屋さんが書かれているように、「でも、あなた、いつかは死ぬよ。」という現実を見つめ、目を背けないで一人ひとりが死と向かい合い、死とは何なのかを考えるべきだと思います。
    死んだらすべて終わりなのか?根拠はあるのか?霊魂はあるのか?・・・思い込みを捨て、一度心を無にして探求する姿勢を持てば、価値観が変わり死生観も変わるかもしれません。

  • わざわざ反対な場所にするの? 様
    コメントありがとうございます。

    住民の方が生理的にイヤ、というのは私にもよく分かります。
    問題は、その理由でその主張は通るのか、という部分だと思います。
    当然葬儀社はいやがらせ目的で会館を建ているのではなく競争原理上の需給バランスを考えてそこが正解、と思って建設するわけです。
    もし周囲の住民に受入れられなければ数年で潰れるだけです。
    >関係住民やその友人や関係者はその葬儀場は使わないだろうし
    これが使うんです、実際は。数年経つと「風景」になって、葬儀社の人とご近所の人間関係ができるので。

  • Teo 様、コメントありがとうございます。
    みなさんがTeo様のようにご理解のある方ならありがたいのですが(^_^)
    死への生理的嫌悪感に関しては私もよく分かるのですが、それを錦の御旗に使われたり、それを隠すためにもっともらしい理由を持ってこられると(それが人間の性だとは思いつつ)ちょっとそれは・・・と言いたくなるんですよね。

  • 物理教師改め考える葬儀屋さん
    返信ありがとうございます。

    おっしゃる通り近隣住民の感情論などもあるでしょうが実際に資産価値の低下もあるのです!先に暮らしていた人はここに永住すると考え近隣の施設や環境などを判断して家を買います。そこに後から葬儀社が来るのだから反対するのは当然です。
    そこの部分の保証をするのであればまだいいのですが実際はありえません。
    結局は近隣住民vs葬儀社、関係無い人々 という構図になってしまいます。
    葬儀場の利用者にとっても住宅街の近くに建てて利用者が増えるとのコメントも見かけますが便利な場所で歩くよりも少し遠くても送迎出来る葬儀場の方が高齢者には優しいです。
    なにも葬儀社だけでなくパチンコやゴミ処理場、産廃場などもこの対象になるでしょう。ただこれらは規制が厳しいでしょうからまだ問題になりにくいです、葬儀場は集会場の区分だそうです。これは法の不備ですが!

  • わざわざ反対な場所にするの? 様
    コメントありがとうございます。
    >これは法の不備ですが!
    確かに法令で決まれば我々は従わねばなりません。
    ただ今後死亡人口は増えますが、直葬の増加と葬儀式場の供給過多のため、
    葬儀式場はそれほど増えないと思います。
    実際法律が改正する頃には効果がなくなっているのではないか、というのが私の見立てです。

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