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略礼服とブラックスーツの「黒」は違うのか




「略礼服 スーツ 黒 違い」「略礼服 漆黒」というワードで検索してみてください。

いわゆる略礼服などのフォーマルウェアを製造・販売する業者さんの

「ブラックスーツの黒と、我々が作っている略礼服の黒は違う。お葬式に着ていくなら、真っ黒の生地で作られた略礼服でなくてはだめ。」

というセールストークが目に付くはずです。

これに対して私の意見は

「たしかに色が多少違うのは分かる。でも気にしなくてもよい。」です。

アパレル業界のポジショントーク

こういうフォーマルウェア系アパレル業者さんの主張は、マナー系の本にも書かれています。
例えばこれ。

でもこれは、アパレル業者さんのポジショントーク(自分の立場を有利にする物言い)であることが多いです。
「いまあなたの持っているビジネス用の黒いスーツじゃ、お葬式で恥をかくわよ。我々が作っているフォーマルウェアも買っときなさい」という戦略ですね。

上記の本も、取材協力先は某大手百貨店のフォーマル売り場です。

紳士服量販店では、お葬式向けのフォーマルウェアは高価格でも買ってもらえるため、常に売り場の一角を占めています。

ちなみに高価格で買ってもらえる理由は、この記事(スーツ量販店での喪服(アンサンブル)の購入をおすすめしない理由 | 考える葬儀屋さんのブログ)にも書きましたが、ネットリテラシーの低い高齢の消費者が多いことと、時間に追われている状態で買うので厳密な商品比較が行われないことによります。

略礼服が生まれた経緯

まず歴史的経緯を押さえておきましょう。

日本人は戦後、略礼服という冠婚葬祭全般に使える日本独特の黒いスーツを生み出しました。
欧米には、日本の略礼服に相当する服としてディレクターズスーツというものがあったのですが、それは取り入れませんでした。
ちなみに服飾史家の中野香織氏によると、略礼服を考え出したのは国内アパレルメーカーのカインドウェアらしいです。

話は少しずれますが、少しだけ国内アパレルメーカーを擁護しておきましょう。
「それまでの葬儀文化の伝統を、葬儀ビジネスが商売のために無理矢理変えた」と主張する方がたまにいますが、これは間違いです。
そんなことができるなら、今の葬儀業界の衰退は起こっていません。
先になんらかの社会的にニーズがあって、葬儀ビジネスはそれに目ざとく乗っかかってきただけです。例えば

・モータリゼーションで葬儀の葬列が組めなくなったから霊柩車を作った
・地縁血縁社縁が希薄になってきたから家族葬を作った

というようなことです。

この略礼服を生み出した背景にも、戦後の貧しい時代では
・汚れやすい白より黒がいい
・何着もフォーマルウェアを持てない
という社会的ニーズが先にあって、それにアパレル業界がうまく乗っかったということなのでしょう。

とはいえアパレル業界が、文化的継承を放棄して連続性を断ち切ることに加担したという側面はあると思います。
(参考記事:日本人の葬儀の服装は間違っている? | 考える葬儀屋さんのブログ

略礼服の黒と、ブラックスーツの黒は違うのか

さて本当に「ブラックスーツの黒と、略礼服の黒は違う」のでしょうか。
私の意見は以下の通り。

  • 確かに「漆黒」をウリにしている略礼服は、ビジネス用ブラックスーツ(※1)より黒く見えるものが多い。
  • ただし、葬儀式場の通常の照明の下では、ほとんどどうでもいいレベル。
  • 略礼服の中には、安価に黒を強調したいためなのかウールに化学繊維を混ぜて変な光沢を出しているものもあるので、個人的には好きではない

欧米の仕立屋さんの中には、フォーマルウェアにタキシードクロスという漆黒の生地を使うところもあります。
フォーマルウェアの黒は本来特別という欧米文化のルーツに敬意を払って、日本でもお葬式の黒にこだわるというなら、一本、スジは通っています。
でも、戦後日本独自の略礼服を作ってしまったことから分かるように、そこまでルーツにこだわっているわけではないのです。

それに、欧米では、ミッドナイトブルーの生地が使われることもあります。照明の下では黒より黒く見える、というのがその理由です。つまり生地自体が漆黒でなくてはならない、というわけでもないのです。

そもそも戦前の国内では白い服が主流だった歴史的経緯を考えると、黒の濃さのわずかな差異にこだわることに一体どれほどの意味があるのでしょうか。

これからの日本の葬儀の服装

お葬式のスタイルも数十年でいろいろ変わりますから、それに伴い服装の変化も生じるでしょう。
昨今のアパレル業界の不況下で、アパレルメーカーが少しでも利益を上げようとする姿勢も当然です。

でも、消費者の無知につけこんで、自分たちに都合の良い強引なポジショントークをするようであれば、それは批判されるべきだと考えます。

今後の日本は
・家族葬の増加でお葬式の参列回数が減る
・若い人は、社会保障負担の増加で(たまにしか着ない)お葬式の服を買う金銭的余裕も無くなる
・その結果お葬式の服で儲けるのは難しくなっていく
ことは確実でしょう。

黒の濃さが違うので恥をかく、という恐怖訴求系のトークはもうやめませんか。
お葬式に出る出ないで迷った結果、略礼服を持っていないからやめておこうという結論になってしまうのは悲しいです。

略礼服の黒と、ブラックスーツの黒の違いを気にする必要はありません。

(追記)

余談ですが同じ論法で、
「女性用アンサンブルにも礼装、準礼装、略礼服の3種類があるので、それぞれ用意しておきなさい。そして通夜とお葬式、もしくは遺族と参列者の立場で、それぞれ使い分けなさい」
と言っているアパレル業者さんもいますね。

いや、お葬式の現場でそんな使い分けしている人なんてほとんどいないですよ。

※1・・・そもそもビジネスシーンでブラックスーツというのは御法度だったのですが、2000年以降リクルートスーツが黒一色になったころから、いつの間にかOKになってしまいました。私はオンタイムでブラックスーツは着ません。
せいぜいチャコールグレー(黒に近いグレー)です。ちなみにチャコールグレーは黒っぽいですが、お葬式には向かないです。