今回は、紹介するのはこの本。
多様性の科学
この本の内容を一言でいうと、「多様性のある組織は強い」ということです。
この観点から考えると、葬儀業界には多様性に欠ける属性が3つあります。
「多様性の科学」の概要
本題に入る前にこの本の内容をざっくりまとめると、以下の通りです。
多様性の科学的基盤は、異なる視点や経験がもたらす「認知的多様性」にあります。
これは、問題解決や創造性において特に重要です。
異なるバックグラウンドを持つ人々が集まることで、様々な視点が取り入れられ、新しいアイデアや解決策が生まれやすくなります。
例えば、異なる専門分野の研究者が協力することで、新しい発見やイノベーションが生まれることが多くの研究で示されています。
多様性の無さの失敗例として9.11のテロが挙げられています。
手がかりは事前にあったのですがCIAは見逃しています。その原因はCIAにアラブ系のスタッフが極端に少なかった、つまりCIAスタッフの人種に多様性が無く、アラブ人の思考を理解することができなかったのです。
また、多様性はチームのパフォーマンスにも影響を与えます。同質的なグループは意思決定が迅速で円滑に行われる一方で、多様なグループはより深い議論と慎重な分析を行う傾向があります。これにより、最終的な意思決定の質が向上し、リスク管理も強化されます。
さらに、社会全体の観点からも、多様性は経済的な発展や文化的な豊かさをもたらします。多様なコミュニティは新しいビジネスの創出や市場の拡大に寄与し、文化的な交流を通じて相互理解を深めます。これにより、社会の調和と進歩が促進されます。
本書は、具体的な事例を挙げながら、科学的なデータと理論に基づいて、多様性がいかにして個人、組織、そして社会にとって不可欠な要素であるかを示しています。
多様性のない葬儀業界
さて以上の内容を踏まえたうえで、葬儀業界に目を向けてみると、次に挙げる3つの属性を持つ人が少ないため、多様性が無いと感じます。
それは
「高学歴」「女性」「喪主経験者」
です。
言い換えると「低学歴の男性の喪主未経験者」という人種の同質性が高いということです。
業界内の人にはなんとなく伝わるのではないでしょうか。
高学歴
まず何をもって高学歴とするかという定義付けが必要ですが、ここでは大卒としておきます。
該当する統計データがないので、定性的な意見になってしまいますが、二人に一人が大学に行くようになった時代であることを考えると、葬儀業界の大卒比率は低いという印象です。
私がこの業界に足を踏み入れた1990年初頭に、葬儀業界で新卒採用が始まりました。
当時私は親戚から「大学まで行って葬儀屋になるなんて」と言われました。
それまでは大卒がやる仕事ではなかったのです。
最近マイナビなどの採用情報を見てみると、東証スタンダード以上の企業は新卒採用をしているため大卒が主流ですが、日東駒専以上のクラスの比率は他の上場企業と比べると少ないようです。
↑この記事で書いたようにパーソナリティや判断力が求められる職種なので、学力の高さと葬儀屋に向いていることと強い相関関係はありません。
そもそも今や一般入試枠が半分を切る状態なので、必ずしも学歴≒学力ではなく
正直なところ大東亜帝国に推薦で入ったレベルの人なら、面接での話し方の印象は、高卒のスタッフと違いはありません。
それでもやはり言語能力(言語化力と読解力)と教養は、高学歴の人が優れています。
言語能力は、それまで職人的勘でやってきた業務内容を標準化するために必要です。
5人くらいの零細葬儀社なら個々が勝手に動いても成立しますが、30人以上の組織にするなら標準化は避けて通れません。
教養に関しては業務上、宗教や死という哲学的なテーマを扱っているわけですから、それらを語れる人は必要です。
個体差の問題はありますが、組織の多様性という観点からもう少し高学歴者が増えてもいいと思います。
女性
葬儀業界は、まだまだ男性社会です。
人手不足が深刻化しつつある国内市場で、国民の半分を占める女性が活かせていないということは、生産能力が低いことを意味します。
一見、男女比率が同じように見える会社でも、正社員は圧倒的に男性が多く、女性はセレモニースタッフなどの非正規雇用であることが多いです。当然女性は正規雇用してくれる企業に流れます。
一応データを見ておきましょう。
総務省統計局2022年経済構造実態調査によると葬儀社は全国に4,300社ほど…と言いたいところですが、許認可事業ではないために、どこまで総務省が把握できているかは不明です。少なくとも4,300社以上はある、という認識で良いでしょう。
次に経済産業省の「特定サービス産業実態調査」2018年度版のデータです。
註1:最新データではありません。「特定サービス産業実態調査」はこの調査の後廃止となり、前述の「経済構造実態調査」に引き継がれました。その結果同一内容の調査が見当たらなかった為、「特定サービス産業実態調査」が実施された最後の年の2018年のデータを使用しています。
註2:冠婚葬祭部門のデータなので、厳密に言うと「結婚産業」のデータも混在しています。
また互助会のように葬儀と結婚式両方を行うところもあります。
註3:結婚式部門のスタッフ数がどれくらいを占めているか不明ですが、前述の「経済構造実態調査」では葬儀社の1割程度なので、影響は限定的と考えます。
ご覧の通り、業界全体では男性5万3千人、女性6万2千人と女性の方が多いのですが、これが正社員となると、男性3万1千人、女性2万人と明らかに女性が少なくなります。
当然女性の管理職も少ないでしょう。
なぜ女性が少ないのでしょうか。
構造的な問題として、葬儀社は24時間営業のため長時間労働であり、遺体を運んだり祭壇を設営する肉体労働でもあります。そういった職場環境の為、男性社員が重宝されます。
(↑このへんのくわしい事情はこちらの記事で解説しています。)
とはいえ、業界の人手不足は明白なので、女性が働ける体制を整えないと、その会社は遅かれ早かれ潰れてしまうでしょう。
詳しくは↑こちらの記事で解説していますが、前述の「経済構造実態調査」から分かるように、会社の資本が大きくなるにつれて、女性の正社員比率が上がっています。これは葬儀社の成長に女性の活用が欠かせないということです。
近年、女性の採用と育成が苦手な葬儀社が潰れる傾向にあります。
喪主経験者
葬儀業界の特殊性として、葬儀屋さんは「購入経験のない商品を売っている」という問題があります。
先ほど述べたように、肉体的にハードな職場なので、20代30代のスタッフが多いです。
当然若いと自分の親を見送った経験、つまり喪主を務めた経験がありません。喪主の経験はおろか、お葬式に参列したことがないというスタッフもいます。
ホテルに泊まったことのないホテルマンのサービスを受けたいとは思いませんし、車に乗ったことがない自動車ディーラーから車を買おうとは思わないでしょう。しかし、葬儀業界ではそれが許されています。
同様のことが認められているのは、産婦人科の男性医師くらいではないでしょうか。
構造的にそうなってしまうのは仕方ないのですが、あまりにも喪主経験のない人間が多数派のため、そのことに全く引け目を感じていない業界全体の空気感が気になります。
喪主の経験がないのに「お客様の気持ちになって」とセールストークをしているのを聞くと、この人はサイコパスなのかなと思ってしまいます(笑)
話は少しそれますが、Yahooニュースにこんな記事が掲載されました。
葬儀のマナー、7割近くが「自信がない」と回答 主に若い世代から「立ち振る舞いがわからない」などの声(よろず~ニュース) – Yahoo!ニュース
1,000人にネットアンケートを取ったところ7割位の人が、焼香作法など葬儀のマナーが分からなくて不安だと回答したという記事です。
これは葬儀の開式前に全員の前で、葬儀担当者が説明すればかなり改善されます。
でもこれをやらない葬儀担当者が多いのです。
私の務める葬儀社では、焼香作法の実演を必ずやるように社員教育をしていますが、それでもやらないスタッフが一定数います。
葬儀に参列した原体験がないスタッフは、こういった参列者の困惑に関して鈍感なのです。
この点に多様性を持たせるには、喪主経験がある人を優先的に採用するしかないのですが、そうなると年齢が上がってしまって、実際の採用は難しいでしょう。
構造的に仕方のないことかもしれませんが、もう少しこの問題に関して、業界は自覚的かつ謙虚になるべきではないでしょうか。
ということで、葬儀社の多様性に欠けているものを挙げてきました。
3つめの喪主経験者はどうしようもありませんが、逆に言うと、女性と高学歴の比率を上げることができる葬儀社が今後生き残っていくでしょう。
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